#012 カムアウト 終章


 この「のーがき」の#008#009で、両親への、ホルモン投与のカムアウトと、それにともなう2度の手紙のやりとりを書きました。
 これらの手紙のやりとり以来、いずみは、ある意味で、両親との距離がひろがってしまったなぁ、と感じていました。親子の仲なのに、30分で会いに行けるのに、わざわざ手紙でやりとりしなければならない、というのは、両親がいずみに「なんとなく会いづらい」と思っているのにちがいありません。
 だから、いずみは、2度めの返信に「そちらに伺う」と書いたのです。直接会って話し合うことにはまだ時期が早い、と思われているのか、それとも真摯に話し合える状況になっているのか、それが知りたかったのです。
 そして、先日、「そちらに掃除に行く」という連絡が入り、実際、やってきたんです。いずみは日程をカンちがいしてて、おやすみ中に急襲されてびっくりしちゃったんですけどねっ(^^;;)。
あっ、いずみは、母親名義のマンションに住んでます。3DKSのうちの1部屋は母親用で、そこを掃除する、という名目で、2〜3ヵ月に1度、両親が来るんですね。父親は退職済みなので、ヒマなんです(笑)
 そしてそのとき、打ち合わせをして、ついに実家で話し合うことになったのです。



 実家に帰ってみると、いつもと同じように、両親は迎えてくれます。これまでと全く変わりなく。
 しかし、これまたいつもと同じように食卓につくと、食事の準備もそこそこに、母親が、開口一番、やや険しい表情で、こう言いました。「おかあさんはね、その種の小説とか、実は古典でもあるんだけど、その辺はけっこう読んでるから、話は理解してるよ。納得しろ、って言われても、それはすぐにはできないけどさ。」



 実はいずみ、このとき、「あ〜あ〜あ、まただよぉ〜(苦笑)」って、思ったんです。
 母親は、かなりの貧乏な暮らしに耐えながら国立大に入り、アルバイトで家に生活費を入れ、教職の道に入ったひとです。本当はW大一文に行って、そのまま国文学の研究をするのが夢だったらしいんですけど、「私大なんかとんでもない、研究職なんかとんでもない」という家の方針で、ある意味、学問にうしろ髪をひかれながら、別の道を選んで生きてきたひとなんです(だのに、なんでこんなに勉強の嫌いな子が生まれてしまったんでしょうか?(^^;;))。で、父親とけんかするときの悪態は決まって「私なんか、やりたいことも我慢して、それでこの仕打ちか!」(でも、いずみが思うに、『仕打ち』なんか誰からも受けてないんですけどねっ(^^;;))。今回のこのことばも、そのあたりがにじみ出た発言、母親は明らかにいらだってるんだな、って、思ったんです。
 今回の話し合いの趣旨から考えれば、この母親の発言は決してネガティヴなものではないのですが、でもいずみとしては、やっぱり、一連の流れからも、どうしても構えちゃいます…。



 しかし、いずみは不思議と、これに猛反発する気持ちにはなれませんでした。
 いずみ、ものごころついてからずーっと、母親から何か言われるたびに、すっごく、カチンときちゃってきたんです。でも、今回に限ってはなぜか、あまり腹立たしくは思いませんでした。
 いずみはこのとき、おそらく、この話し合いに、何かを賭けていたのだと思います。これまでなら、「自分にとって納得が行かなければ、親との縁を切ってでも…」と思い詰めていたところなのでしょうが、この一連のカムアウトでは、「できるだけ、両親との妥協点を探ろう、探ろう」としている自分がいたのです。
 それだけこのことに必死なのか、それともいずみがかつてに比べてまるくなったのか…
 でも、そんなのどっちでもいいんです。こうなったら、今のこの不思議と冷静さで、正直な気持ちを伝えるしかない。そう決心したんです。



 その後、話し合いは淡々と進みます。父親はずっと黙ったまま…。母親が、単発的にいくつかの疑問をぶつけます。T*の話、ホルモンの話も出ました。意外にも母親は、いずみの正月のカムアウトの以前から、テレビや雑誌でもT*関係の知識をある程度、仕入れていたようでした。そして、ホルモンの作用などについて、いろいろと疑問もあったようで、まずそれを尋ねられました。
 しかし、母親が持っていた最大の疑問は、そういう話でも、親類との関係でもなく、仕事や友人関係についてだったのです。
  • インターネットやパソコン通信で活動してるって言うが、そういうルートから世間にバレたらどうするのだ?
  • 女のかっこうをして歩いていて、誰かに見られたらどうするのだ?
  • 職場の上司が知っているというが、それがもとで世間にバレたらどうするのだ?
  •  つまり母親は、「今のおまえの生活ぶりが、そのまま危機に直結することはないのか?」と言いたかったのでしょう。
     いずみは、あえてこれらには反論しませんでした。もちろん、反論しようと思えばいくらでも反論できるのでしょうが、しかし、なんだかんだ言っても、何らかのアクシデントでもあれば、両親に何がしかの迷惑がかかることは、厳然たる事実です。これから、親との仲が「ふつう」にあるのだとすれば、それは結局、いずみの不幸にもなるのです。
     いずみは、まとめて、こう言ったんです。
    うん。言ってることはよくわかる。確かに、リスクはあるし、それによって間接的に両親に迷惑がかかることも十分わかってる。でも、それを隠してて、それでもバレちゃったときのリスクは、それよりさらに大きいと思うの。結局、こうなってしまった自分が今の社会で生きていこうとすると、どうやっても、リスクは負っちゃう。でも、しょうがないじゃない、そういう人間なんだから……



     しばしの沈黙の後、ふたたび、母親が口を開きました。
     いずみとしては、考えた末の、言いたいことを思いっきりぶつけたのです。今度は、母親のことばをいずみが受け止める番です。
     覚悟して、気を落ち着けたその時…
     おまえ、「結婚してもいいか?」なんて、前言ってたよね。おまえが男が好きだって聞いてから、それはずっと頭の片隅にあった。そして、今回の件以来、いろいろ考えた。昨日なんか、ほとんど寝てない。
     …もし、そういう人が現れたら。必ず両親に紹介するように。普通の夫婦なら当然するべきこと…義理の親が病に伏せたら、たまには見舞いにくるとか、法的に財産の関係がややこしくなるからそれをきちんとしておくとか。その上で、近隣に対してルームメイト然として振る舞えるのなら、今のマンションで共同生活してもいい。



     …涙が、出ました。
     両親、この事態をすべて飲み込んで納得しているはずは、到底、ないでしょう。
     でも、それはある種のあきらめかもしれないけど、ともかく、いずみの現状を認めてくれたのです。限定はあるけど、いずみがいずみとして生きて行くことが認められたのです。
     そして、それまで黙していた父親が、突然、ひとこと…
     こうして見てると、×××(いずみの本名)も、ずいぶん女っぽくなったんだなぁ…



     この後は、一転して、場が明るくなりました。母親は、自らのもやもやを吹き飛ばしたいという思いもあったのでしょうが、さんざん、いずみにつっこみまくります(^^;;)。
    母:もし結婚することになったら、結婚式はなんだから、代わりにパーティーをやろう!
    い:いいね、それ(^^)
    母:…おまえ、もしかして、ウエディングドレス着たいとか思ってないか???
    い:…(^^;;;;)

    母:おまえ、この前(私たちが)行ったとき、コートにマフラー、コギャルみたいなかっこうしちゃって…
    い:…別に、おとこでもそーゆーかっこ、するよ〜(^^;)
    母:おまえまさか、あれでルーズソックスなんか履いたりしてないだろうね!!
    い:…まさかぁ〜!!(実はそーとー、汗(^^;;))→こちら参照(^^)

    母:この前、掃除してたら、なんか写真がでてきたぞ。→これら
    い:あら(^^;;)(実は、こーゆーときも来ようかと、ずーっと前からひそかに置いといたのだっ(^^;;))
    母:…おまえ、ありゃー、だめだよ。せっかくなら、もうちょっとまともにならなくちゃ…
    い:…わかっております(^^;;;;)
     うーむ、いずみは押されっぱなし、もうたじたじです(^^;;)。
     その後、スキンケアのお話(母親は基礎化粧品には詳しい)、メークのお話(逆に、母親はメークはめちゃくちゃ)で、かなり楽しく盛り上がっちゃいました(^^)。



     ほんと、楽しいひとときでした。これまで悩んだり、カチンときたり、悲しんだりしてきたことなんか、ぜんぶ忘れちゃうくらいに。

     もちろん、肉親関係の問題が、これですべて解決したわけではありません。老後の問題だって、それ自体では両親はいずみの主張に納得しているわけではなさそうだし、なにより、最大の問題ともいうべき「弟の奥さんとそのご両親」の問題が未解決です。
     でも、もう、それらの難題にも、なんとか立ち向かっていけそうです。…というより、立ち向かっていかなければならないのです。いずみのために。そして、両親のために。

     さぁ、いいひと、見つけなくちゃ!(^^) (←イチバンの難題は、これかっ!?!?(^^;;))

    (97/03/05記)  



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