2001年8月 青森ねぶた闘争


 あおはる使って、青森ねぶたに行って来ました。
 青森に行こうと思ったきっかけは、焚火派の諸君らが結集する気配を見せていたので、それに加盟戦術をとってやろう、言い換えれば単に呑みに逝こう(爆)というものなのですが、どーせ逝くならやっぱりねぶたに参加しなくちゃソンだし、参加できるなら「小倉あやまれ友の会」活動と直結すりゃえーじゃないか、つーものすごくどおでもええ(c)黒目さん動機だったわけです。

→3日(金)〜4日(土) あおはる移動編
→4日(土) ねぶた偵察編
→5日(日) ねぶた闘争1日め
→6日(月) ねぶた闘争2日め
→7日(火) あおはる帰還トラブル編



8月3日(金)〜4日(土) あおはる移動編

 既に確保済みのムーンライトえちごの指定席券があるので、新宿を23時過ぎの出発です。
 本来この列車に乗る場合、高崎までの乗車券を別に買うほうが、18きっぷを2日分使うよりお安いのですが、いずみの今後の夏の予定では4日分しか使わないので、まぁいいや、ということで最寄の錦糸町から使い始め。
 いったん新宿で下車し、ロフトプラスワンで「友の会」メインフラッグと旗竿を借り受けて再度乗車。
 MLえちごは新宿から既にそこそこの乗車率で、新宿を出る前からさっさと検札。ネットの情報では大宮過ぎてから来る、ということだったのですが、こりゃ確信犯で大宮まで乗っちゃうリーマン対策ですねたぶん^^;; 案の定、指定席料金+普通運賃払わされるリーマンがいました(MLえちごには定期券+指定席券では乗れません)。
 大宮、高崎と過ぎますが、車中は老若男女バラバラ。でも最も多いのは若い女性です。

 で、結局眠れずに、前日しこしこ作った昔のアイドル曲MP3データ135曲入りのCD-Rをシャッフルプレイ。水上で運転停車してるころ、南青山少女歌劇団の「夢を信じて」と山口弘美の「夢を信じて」が連続してかかったのでびっくり^^;;

 4時05分、定刻に長岡着。ここから、よくわからん3人組が乗ってきて、そのうちのおばあちゃんがいずみの隣席に座りました。実は「満席です」と言ってた割に、いずみの横はここまで空いてたんですね〜(^o^) でも一転しておばあちゃん、しかもこのシトすごくちっちゃいためリクライニングがうまく合わず、ずっとジタバタしてて、せっかくウトウトしてきたのにこれじゃ全然眠れん!
 …ところがこれがこの後、結果論として大正解につながりました。
 新津を過ぎ、もうすぐ新潟という時点で、突然の車内放送!

 「えー、只今白新線内が大雨のためダイヤが乱れております。よって、この列車は新潟で運転を打ち切ります。詳しいことは新潟駅の駅員にお尋ねください」

新潟直前
での判断

506
3763M
MLえちご
新潟  
522

541
420M
新津  
616

922
823D
酒田  
942
539M
以下予定通り

 ひ〜ひ〜(涙)
 今回のこのあおはるツアーは、まさにこのページで出ている行程どーりに行かねばならないわけで、新潟で動くかどうかわからない白新線を待っていると大変なことになる!そう判断したいずみはただちに大判時刻表を検索すると、右のパターンで予定の列車に乗れることが判明\(^o^)/
 へへへ、これで新潟に着いたらソッコーで420Mを探して座席を確保すればいいや、ってことで、実際新潟駅で他の鉄なみなさんに先んじて座席を確保♪いぇ〜い!
 そうこうして、恐らくは酒田・秋田・青森方面に向かうであろうえちごのお客さんのうちの1/3くらいだけを乗せ、420Mは出発しました。
 で、新津に近づくと、急にものすごい大雨…さっきは振ってなかったのに。
 これぢゃ、白新線止まってもしょうがないかなぁ、みたいな。

 …しかしここで調子に乗りすぎて、この後新津でダブル失態なのでした。^^;;
 まず、新津でバッグを1つ忘れモノ〜(u_u) しかも相席だった鉄っぽい男性(とーぜん、この後もすべて同じ行程でした(笑))が親切に届けてくれるまで気づかないつーおマヌぶり。^^;;
 そしてさらに、いったん待合室に入って、夢中でこのエキサイチングな状況をネットに報告してるうちに823Dが入線してやがる(笑)。823Dはいわゆるキハ110型で、ボックスシート席は少ないのでとーぜんいずみはありつけず(涙)。酒田から先は確実にオールロングシートなのでこれで青森までロングシートなのねん、とこのときは嘆き。
 …といいつつ、実は後者はあとあとで結果正解になります。^^;;

 定刻に新津を出た823D、確かに加速が凄い(というかこんな加速の気動車に乗ったの生まれてはじめてです)のですが、たった2駅進んだ後の水原でなぜか止まったまま…そう、ここは単線区間で、行き違いの上り列車が来ないので待つしかないのです…
 で、なんと40分も遅れて水原出発。実はここでフト思い出す、MLえちごで新津を通ったとき、横に日本海3号が止まってたよーな… 日本海3号って、新津は4時22分発のハズなのに、なんで4時54分で横に止まってたんや!!(笑)
 つーことで、乱れてるのは白新線だけじゃなく、羽越本線自体もそーだ、つー、考えればアッタリマエの事実を今、厳然とつきつけられているわけです、水原駅で。^^;;
 この後、2つ先の月岡でも列車は止まり、なんと行き違ったは国内最長距離・最豪華レベルのトワイライトエクスプレス…こいつも約2時間半の大幅遅れです。小ブルどもが乗る列車をやり過ごしながら、我々ルンプロはじっと我慢。

 列車はさらに新発田駅入線の直前にも単線の本線をふさいだまま停車、結局1時間遅れで新発田着ですが…
 ここでいずみ、眼を疑います。
 ホームには溢れ返らんばかりの人、人、人っ!!!!
 これは明らかに、新潟でMLえちご下車後、しばらく待って白新線1番列車に乗ってきた人たちです。
 ぉぃぉぃ、どーやって既に地元高校生も乗って立ち客もいるこの2両編成に乗り込むんじゃ〜〜〜!!!(爆)
 そしてここでいずみは、まさに先ほどの「新津の不運その2」が結果オーライだったことを悟ります。
 乗り込んできたお客さんで車内は京成くらいのラッシュ状態(すごいたとえ^^;;)、とーぜんながらボックスシートのひじかけのところまでお客さんがせり出してきて、ただでさえ窮屈なボックスシートは大変な状況。それに比してロングシートは、まさに始発駅からラッシュ電車に乗った客のごとくラクチンラクチン。しかもいずみはボックスシート際を選んだためここによりかかって寝られるという、ある意味この列車の最特等席を選び取っていたのであります\(^o^)/

酒田到着直前
でのプラン
新津  
616

1022
823D
(1時間遅延)
酒田  
1114

1204
2001M
いなほ1号
(特急)
羽後本荘  
1230

1310
3541M
こよし3号
(快速)
秋田  
1342

1710
655M
青森  

 結局この状況で景色も見えず、「あぁ、この遅れは絶対に解消されないなぁ(笑)」と絶望的なキブンに浸りつつ(藁)、あとは寝るだけ、みたいな感じでこのままウトウトしながら、結局酒田には10時20分くらいに到着です。
 とーぜん、後続の539Mは同駅を定刻に出発しています(藁)。
 さぁ、どーする!?!?ってところなのですが、実はとーぜんながら、水原でこの事態も想定して時刻表とにらめっこしてて、「おお、いなほ1号で酒田から羽後本荘までワープ(あおはるツアーで特急などを利用すること:当然ながらその区間については特急料金のほかに普通運賃も払わねばならないのでまさに「ワープ」)すれば、秋田からは予定の1本後には乗れるじゃん」と合点、今回いずみなんぞを迎え入れてくださる青森現地闘争本部(笑)にもネットで「酒田で状況報告の電話します」と伝言済みだったのです。

 …だがしかし!\(^o^)/
業務連絡書 ここであまりに鉄ヲタ臭が漂ってきそーな、あおはるなんぞを使わせていただいているにもかかわらずJRにタメ口利いてたてつく、2ちゃんねるあたりで「ヲタは氏ね、プゥ〜ン(半角)」とかAA書かれちゃいそーなみなさま(爆)ががんばった結果、こんなんが出てきました…(右)

 これは翻訳すると「こいつら、列車が遅れて可哀想なので、特急の自由席にタダで乗せてあげてくれや」つー、駅から車掌への連絡書なのですね。
 しかも部数多いってんで、手書きのをコピーして、それに押印してあるという。

 あおはるってこの種の救済措置はなかったハズでわ?と思いつつ、ワープで約2,500円使う覚悟だったのがロハで済んでしまい、もう大ラッキー状態。
 おにぎり2個仕入れて、食料備蓄も万全。
 当然特急車内では座れないのくらいはガマン、ガマン(^^)。

 実際乗ってみると、ラッシュでとても耐えられないので、さっさと指定席のデッキまで避難して、ゴミ箱の隣に陣取る。人が少なくてまぁ快適。でもトイレが近くて臭いゾ…(x_x)…しかし、当然ながら特急車両なので、トイレあるところに洗面所あり、そして洗面所あるところにAC100V電源あり!さっそくノーパソの充電プレイ\(^o^)/
 いいのかなぁ、こんなタダ乗り状態の奴が電気まで奪って。(笑)
 でもいいのだ、ブルジョア列車=トワイライトエクスプレスの遅延の巻き添えになった我々ルンプロ18きっぷグループに、たまにはこんなイイことがあっても。なんちゃって^^;;

実際の行程
新津  
616

1022
823D
(1時間遅延)
酒田  
1124

1248
2001M
いなほ1号
(特急)
秋田  
1342

1715
655M
青森  

 いなほ1号は定刻より10分遅れで無事秋田駅に到着。
 とーぜん、次の655Mの座席確保のため走る、走る。
 だがしかし、電光掲示板を頼りにやってきたホーム、列車の乗車口がわからない。
 で、他の鉄印なひと、みなさんなんかいずみが「ここかなぁ」と見当つけたとこから遠く離れた場所に荷物置いて席取りなんかしてたりして、いずみは競争率1倍のところにすげー不安になりながら荷物を置いたのですが、跨線橋を渡ってくる人くる人、みんなそこを避けて競争率高いところに並びやがる…
 鉄人生27年(ウソ:最近はすっかり鉄分低いでっせ^^;;)の中で、こんなに不安になったことはありませんぜ、ダンナっ!!

 果たしてやってきた655Mは3両編成、結局いずみのところから鉄屋さんたちが並んだところまでまんべんなくフォローされ、みんなひとあんしん、いずみは1番乗りでまたもやドア際=横壁によりかかれる特等席をゲット、うとうとしながら青森まで一気に進んだのでした。
 ただ、車両的にはモーターつき車両だったのでちょいうるさかったっす。
 最後、弘前から先はまさにねぶたに向かう客でハンパじゃなく山手線レベルのラッシュ状態となり、しかもまたもや単線で若干遅延が出る中、5分遅れで青森到着。

 都合、新宿から18時間の旅、おつかれさまでしたぁ(^^)>じぶん
 しかしそれにしても、若い女性客が多かったです。青森までずっと見かけた若い女性客、確実に20人以上いましたよ。



8月4日(土) ねぶた偵察編

 到着すると、車ではるばるやってきた北海道の同志がさっそくお出迎えしてくれました。
 直前に青森に到着した、でも新幹線→特急なので東京を出たのは昼過ぎだという(笑)三多摩の同志もいっしょで、3人でさっそく青森現闘本部に向かいます。

 すぐに現闘本部に到着、現闘本部長とご家族がお出迎えしてくれました。
 挨拶して、まずお腹ごしらえです。北海道の同志は朝5時半から何も食べていなかったとのこと、またいずみも昨晩からおにぎり2個にポテトチップスハーフサイズ1箱なので、当然ながらがしがしいただきます^^;;

 そして早速、徒歩でねぶたコースの偵察に出かけます。
 ねぶたコースは、ここに出ているとおりですが、今年から運行方式が大変更。これまでは「出発地点から各運行団体が順に出発、解散地点で順に解散」という流れだったのが、今年からは「コース上に予め全ねぶたを配置し、号砲と同時に一斉に回りだし、号砲と同時に一斉に終了」というシステムになったのです。

 この、ちょっとよくわからないシステムになった最大の原因は、いわゆる「カラスハネト」にあります。
 もともとねぶたは地方都市のお祭りとして、「若者の出会いの場」というすばらしい意義があったわけですが、とーぜん地方都市においてはこれが「暴走族」あるいはそのモドキ、つー形態で組織化されていったりするわけで、はじめはハネト正装ではなく特攻服などで参加するだけだったのが、そのうち乱闘騒ぎ、刃傷沙汰になって、挙句の果てはビンやロケット花火を観客席に向かって投げるようになってしまい、「これでは観光収入あがったり」と考えたお上が「青森県迷惑防止条例」を改訂してまで対策に乗り出した、という次第なのです。
 実際、沿道にはぎっしりと警備ボランティアに県警機動隊(なんと全県の6割出動)が張り付き、途中からハネトに紛れ込もうとするカラスへの厳戒態勢を敷いています。

 果たして、明日・あさっての「友の会」行動はうまくいくのか?どのような戦闘戦術であればアピールできるのか、規制・弾圧を免れえるのか?
 我々はとにかく、「友の会」としてのターゲットであるフジ産経青森支局(青森市長島2-1-5)前まで向かい、これがまさにねぶた運行コース上にあることを確認し、建物の構造について詳細な調査を行い、とりあえず闘争初日である明日5日には穏健な戦術を採ろう、という意志一致がなされました。
 また、焚火派としては、焚火派の一大特徴である「ヘルメット着用!」をどう闘い取れるのかが課題となり、「とりあえず腰に装備しておき、状況に応じて被る」という一致もみました。

 またまた徒歩で帰宅後(都合6kmくらい歩きました)、北海道の同志が持ち込んだバーベキューセットおよび松尾ジンギスカン、現闘本部調達の青森ホタテなどで野外パーティを開きました。
 と、そこに千葉地本の同志が登場。なにせこの日朝方、いずみの新潟付近でのネット実況中継に付き合っていたおかげで寝過ごし、取っていた飛行機を乗り逃がすという、誰もが予感していた(爆)千葉の同志の行動パターンですが、なんと最終便のキャンセル5人待ちがgetでき、単身やってきた、という次第です。
 みんなでお酒など飲みながら(千葉の同志は下戸ですが)、12時まで屋外で、その後は屋内で延々と宴会。
 話の内容はむちゃくちゃエグい、お互いの体験・知識暴露合戦。
 いやー、トンデモナイちゅーか、さすがにネットですら話せませんよね、こんな話。。。ていうかメンツがすごすぎです(謎)
 ただ、宴会しながら4個所で同時にチャットに参加する芸風はなんとかならないのか、といつもながら思ったりしつつ、いずみは6合以上呑んで2時半にダウン。他のみなさんは4時まで騒いで、現闘本部のご家族に怒られてた模様です。^^;;



8月5日(日) ねぶた闘争1日め

 朝は9時ころ起床。いずみはいつもの旅のパターンで、ご飯を3杯食べてみなさんに呆れられます(笑)。
 その後、ハネト装具の買出し&お酒の補充買出しに出かけた後は、みなさんマターリと、お昼寝したり雑談したり。

 そして3時からまたまた野外宴会(藁)。程よく酔ってきたところで、いよいよハネト正装着付けの開始です(^o^)
 いずみ、昔長唄やら日本舞踊やらやってたですが、とーぜんながら着付けなどテンで覚えてないため(恥)、現闘本部のご母堂に依頼です。
 ハネト正装の着方は、基本的にはジェンダーレスです(特に色!)が、浴衣の裾を端折る前の着丈にはわずかにジェンダー差があります。あと、ギャル(語尾上がり)の場合は、超ミニで着ます(笑)。んで、いずみはどーしようかと、最初は超ミニも考えたのですが、足が太いので止めにしました(爆)。
 んで、前日の意志一致どーり、腰に焚火メット、さらに東北の同志謹製の焚火派はちまきに焚火派手ぬぐい(後述)を各々装着し、準備完了!
 と、なぜかそのとき現闘本部に電話、その主はなんと、現実社会でもネットでも長期行方不明(笑)の焚火派党首ではないですか!\(^o^)/
 毎年ねぶたに参加している焚火派党首は、今年もバイク仲間とともに参加するので、同じ部隊でハネませんか、とのことでござんして、我々としても全く異議なしで合流方針を決定しました。

 以下、画像つきでレポートします。

記念写真

 現闘本部からタクシーで現場近くに移動し、市内デパートの松木屋前に結集。焚火派党首と合流の上、「小倉あやまれ友の会」メインフラッグを携えつつ早速記念写真です。

 頭には焚火派はちまき、首には焚火派てぬぐい、そして腰には焚火派メットです…って、なんか約1名、既に被ってる人がいます。(笑)

進撃する焚火派  「らっせ〜ら、らっせ〜ら」と焚火派隊列はがしがし進みます。
千葉地本  千葉地本の同志。同志は翌6日、どうしても会社を欠勤できないということで、最終の飛行機を確保、そのため最初の30分のみハネるという強行スケジュール!
ハネまくり

 ちゃんとみんな「らっせ〜ら」でハネてます\(^o^)/

 しかし、やはり警備というか警戒態勢は厳しいようです。我々がこの後「友の会」メインフラッグを旗竿に差してうち振ろうとすると、ねぶたの指揮者のお一人が「危ないから辞めてね」となぜか優しく制止。他の威勢のよい兄ちゃんたちにはみな怒鳴り散らすというのに、なぜいずみには優しいのかはわかりません。(笑)

メットは若人の手に!  ここでついに千葉地本の同志はタイムアップ!正装のままやむなく戦線を離脱しました。
 しかし同志は飛行機での帰還。さすがにヘルメットは持ち込めないと判断し、地元の若者にヘルメットを贈呈!
 地元の若者は「この精神はボクが受け継ぎます!」と力強く宣言!焚火派精神は地元の若者にしっかと引き継がれたのでした。
(ただしこの若者、仲間に「おまえもこれで赤軍入りか?」などとからかわれてました…贈呈したのは黒ヘルなのに。(笑))
ねぶたをバックに記念撮影  そうこうするうちに、いよいよフジテレビ・産経新聞青森支局(青森市長島2-1-5)に差し掛かりました。

 我々はただちに、ねぶた全体の進行に支障が一切ないようにすばやくメインフラッグを準備。
 まずはねぶたをバックに記念写真です。

青森支局に進撃

 いよいよ支局前。
 チェックすると、2階の産経新聞青森支局の窓が開いており、そこから3名のスタッフがねぶたを見物しています。

 我々はこのスタッフたちに抗議を叩きつけるため、「友の会」メインフラッグを打ち振り、アピールします。

旗を打ち振る  我々のこの行動は、3人のスタッフの目を釘付けにすることに成功しました。
勝利的に進撃  残念ながら我々はレンズつきフィルムしか所持しておらず、3人の模様を映像に収めることはできませんでしたが、規制強化後初の、すなわち何が許され何が許されないのかがわからないという状況下、初日の行動としては十分な成果を得ることができた、と言えるでしょう。
記念撮影  勝利的進撃を祝いつつ、ねぶたの前でパチリ。

 かくして、闘争1日めは勝利的に貫徹されました。
 実際の規制の様子を内部より観察し、これを食い破るためのリソースを我々は多数獲得し、さらには「若人へのヘルメット贈呈」という戦果を獲得したのです。

 我々はバスにて現闘本部に帰還しましたが、ここで現闘本部内より「我々の部隊が生放送で中継されていた」との重大情報が!
 しかもこの生放送には再放送があるとのことで、さっそく我々はビデオテープを手配、その捕捉に成功しました。

青森ケーブルテレビ生中継に映し出された このオンエアは、青森ケーブルテレビによるもの。我々の部隊の進行としては最後の方にあたる消防本部前の交差点に据えられた生中継カメラが、我々の隊列をバッチリと映し出していたのです。

 実は、青森県にはフジテレビ系列のテレビ局が存在せず、「友の会」が糾弾する番組「とくダネ!」は地上波ではオンエアされていません。
 しかし、この青森ケーブルテレビでは47chにてフジ系列の北海道文化放送が無料放送されており、当然ながら同チャンネルでは「とくダネ」を観ることができます。

 そのケーブルテレビに我々が映ったということで、これをぜひ有効に活かそう、と翌日に向け決意を固めました。

 確認後ただちに開かれた3回め^^;;のバーベキューでは、このテレビカメラにどう映り込むべきか、また、本日窓が開けられていた産経支局に対しもっと有効な攻略方法は存在しないか、という点から、以下の3方針が確立されました。

    1. 模造紙でスローガンを用意し、これを支局に示しアピールすること。
    2. テレビカメラに対し旗を打ち振ること。
    3. 支局に対し、合法的かつ革命的な実力戦闘を決行すること。

 そんな中、今度は東海地区の同志が北海道から列車を使って到着。また途中で止む無く離脱した千葉地本の同志はなんとハネト正装のまま航空機に搭乗し、そのまま自宅まで帰るという離れ業を成し遂げつつ無事帰還に成功したとの報告も到着しました。

 場所を室内に移して続く宴会は6時半まで。いずみはこの晩は1.5升くらい日本酒呑みました。(笑)



8月6日(月) ねぶた闘争2日め

 朝、10時半ころ起床したところ、既に他のみなさんは朝食を済ませていたというお恥ずかしいお話^^;;
 もうすぐ北海道の同志が帰還する、ということでした。
 いずみは2日酔いではなく、ただの酔いが残っているところで^^;;やはりご飯は3杯です\(^o^)/
 その後、単身北海道まで戻る同志を現闘本部前でお見送りして、さすがにお昼寝^^;;

 2時前に起きて、模造紙やらお酒の買出しやらに精を出して、その後3時から4度目のバーベキュー(笑)。
 そして、このまま最終の新幹線に乗り継いで帰ってしまう三多摩地区の同志を見送りつつ、ふたたびハネト正装着付けして出撃です。

 以下、またまた画像つきです。

記念写真  またまたタクシーで松木屋前に結集、今日はたった3名ですが、それでも「量を凌ぐ質」をもって本日の闘争を闘い取るべく、記念撮影です。
ハネまくる東海地区の同志

 東海地区の同志、飛ばしすぎです。(笑)

 ご本人のコクハクによれば、既に開始300mで足が攣りそうだったとか…^^;;

ハネまくる隊列  しょーがないのでいずみも老体にムチ打ちつつハネます。^^;;
ナンパ(藁)    なお、兼ねてよりネット上で東海地区の同志から表明されていたこととして、「脱ぎ肌ギャルを見たい!」というしょーもない革命的課題がありましたが、ひとめ見てこれにコーフン気味の同志、さっそく写真撮影を申し込みます(藁)。

 現場に居合わせた者として証言するならば、確かにギャルたちはニコパチやってくれた(かつさすが地方都市というか、素直に写真撮られるの喜んでました\(^o^)/)のですが、写真撮影上、左画像のようなものしか撮れなかったのは残念。

 なお左画像は、本来なら顔をすべてボカシ処理すべきとはわかりつつも、同志の鼻の下を革命的に暴露するために薄消し処理としました。(藁)

決戦の前の小休止  支局が近づき、我々は事前の戦術どおりの行動に備えて一時跳ねるのを中断、ゆっくり進みます。
青森支局に予告電話♪  いよいよ支局まで約100mに迫ったところで、フジテレビ青森支局に電話し、「これから貴支局に対し断固としてアピールを貫徹するのでお待ちください(はぁと)」と宣言。 \(^o^)/

 そして支局前。
 昨日とは異なり、2階の産経新聞支局の窓は閉鎖されており、代わりに3階のフジテレビ支局テラスに何人かが出て見物していました。

 我々はまず、接近する手前で「友の会」メインフラッグを打ち振ります。すると、テラスにいたうちの数人が我々を指差して現認しようとしているではありませんか。

支局にスローガン炸裂

 「友の会」活動における、これまでの5・20お台場デモ6・20「東京総行動」6・28株主総会闘争などにおけるフジテレビ側の動向からして、これらはフジ側の諜報活動である可能性が極めて高いものです。
 しかし、我々はそんな対応にはびくともせず、すかさず指差した数人に向けスローガンを見せびらかし、大いにアピールします。
 左の画像では、屋上からこちらを視察する人に気づき、ねぶたスタッフも「何事か?」とびっくりしているさまがお分かりいただけると思います。

消防本部前で旗を掲げ行進

 そして我々はこの後、さらに革命的戦闘を炸裂させました。
 ここ10年ほど、ねぶたでは、ハネトが正装として身につける鈴を観光客が拾って帰る、またハネトも自らの鈴を観客席に荒々しく投げ入れることが完全に慣行となっています。

 我々は、あらかじめ特に大きな鈴を装着し、小さな鈴は沿道の観客に、そしてその大きな鈴をすべて3階テラス上に対し投げ入れ、我々を監視する数人に対しこれを強制的にプレゼントすることに大成功しました。

消防本部前

 フジ・産経支局に対し十分なアピールを行った我々は、この後消防本部前に向け、「友の会」メインフラッグを掲げて進みます。

 もちろん、狙いはケーブルテレビへのアピールです。

最後の進撃  我々は闘争の大勝利を確信し、最後にハネながら進みました。

 そしてビールなど飲みつつ徒歩で帰還し、すぐに録画していたビデオをチェックすると、我々の姿は確かに映り込むことに成功していたのです!

青森ケーブルテレビ生中継

 ビデオキャプチャ画像では分かりにくいですが、オンエアにおいてははっきり現任できる程度に、「友の会」旗が映し出されました。

 → ケーブルテレビに映り込んだ「友の会」旗

 映り込みにも成功し、2日めはまさに大成功。
 我々は屋内でこの喜びを噛み締めつつ、またもや宴会&チャット大会を3時まで行い、脳内参加した同志のみなさんとこの喜びを共有し合いました。

 現地で集ったみなさん、そしてなにより現闘本部およびそのご家族のみなさま、本当にありがとうございました。
 来年もぜひ!ねぶたには参加したいです☆



8月7日(火) あおはる帰還トラブル編

当初予定
青森  
958

1328
570M
盛岡  
1411

1542
1542M
一ノ関  
1546

1633
540M
小牛田  
1640

1726
1574M
仙台  
1754

2046
258M
いわき  
2049

2150
658M
日立  
2202

2355
476M
天王台  
2359

036
2354H
上野  
040

044
2317B
秋葉原  
046

051
2424B
錦糸町  

 翌朝、さすがに大2日酔い状態でご飯も1杯しか食べられない状況とは言いつつ、この日はまるまる1日かけて帰還しなければならない身。
 いずみなんぞになついてくれた老犬、風子ちゃんをはじめ、現闘本部や家族のみなさんとお別れです。

 早速「ケータイ忘れた!」とクルマを止めて大騒ぎし、結局バッグの中に入っていたとゆー大ボケをかましつつ青森着。
 今日の行程は→のとおりです。
 これ、絶妙な流れで、この中で476M、2317B、2424Bはすべて終電。本来あおはるでは、通常のきっぷとは異なり、途中で日付が変わった場合は、変わってはじめて停車する駅まで有効、というお触れがあるのですが(通常の場合は「その列車の終着駅まで有効」)、これには特例があり、東京の電車区間=常磐線なら取手より内側であれば終電まで有効で、この組み合わせだとあおはるは1枚でOK、なのです。(なお取手でなく次の天王台で乗り換える理由は、これだと確実に同じホームで乗り換え可能だから)
 なお、東北本線経由だと、大宮で京浜東北線2317Bに1分乗り換えとなり、これは「少しでも遅れが出た場合、待っててくれない」可能性が高いことから敬遠したわけですが…
 ただ、気になるのは、東北本線は全線複線なのに対し、常磐線は宮城・福島のあたりが単線だ、ということ。なにせ行きの経験では「単線区間恐い」つー先入観が植え付けられましたし、何よりも恐いのはこの行程だと「常磐線に入った後、少しでもズレると野宿決定」ということなのです。

 そしてまさに、事実はまるでマンガみたいに、そのとーりになっていくわけです…(猛藁)

 とにかくちょうどぎりぎりくらいで、2両編成のうちモーターのない車両のしかもドア際を確保。さっそくうたた寝で、発車直後に青森現闘本部からあった電話にも気づかず…で、八戸あたりで気づいて留守録聞いてみたら「いずみさん、エッヂのPCカード、忘れてますよ!」
 …がはは(^^;;;;;;;) これで、何があろーとも実況中継が不可能なことが確定。
 んー、こんな時に備え、モデムカードと携帯電話カードも持ってきておくべきでした…大反省。

 ただ、列車の方は定刻どーりに進行。さすが全線複線だわ〜♪
 盛岡からは4両編成で、駅のトイレに行った後でも余裕でモーターなし車1番乗りをget。一ノ関では跨線橋渡って延々走って到着済みの2両編成(ワンマン運転)というサイアクパターンでも、なんとかモーターなし車に座席確保成功。小牛田からは6両編成で楽勝。
 まぁ全部701系ロングシートですが^^;;、でもなんか、いろんなサイトで言われてるほどにはロングシートも悪くない気がすごくしました。

 で、仙台ではさっそく常磐線のホームに並びますが、これがなんと、10両編成のくせにボックスシートを確保できず!なんかイヤ〜な予感…

 定刻より2分遅れで出発した258Mですが、右の行程表からすれば、もうこの時点でかなりヤバいのです。なにせ、いわきでは3分しか乗り換え時間がない、しかもこれが接続しなくても水戸行きはもう1本あるので恐らく接続待ちしてくれない、しかしそーなるとこの日は土浦までしか行けず野宿、なのです。
 こうなるともう眠気なんかすべて吹っ飛んで、サイアクの事態を考えつつ、念のため、「引き返し」の可能性を時刻表とにらめっこ。
 そして、運命の分岐点はほどなくやってきました。下り列車との交換のため停車した、宮城を越えて福島県に入ったばかりの新地で、しばらく待っても下りはやって来ない!そして悪夢のよーな車内放送!!

「えー、相馬日立木間で人身事故が発生した模様で、現在運転が止まっております。詳しい状況はわかりません。」

実際の行程
仙台  
1756

1844
258M
新地  
1912

1940
265M
(20分遅延)
岩沼  
2003

2103
592M
福島  
2113

2201
144B
つばさ144号
宇都宮  
2210

2351
690M
上野  
2352

2356
山手線
秋葉原  
2359

004
2362C
錦糸町  

 もう、いずみは真っ青になりながら、10両編成の最後尾の車掌室まで走って、車掌さんと相談。
 しかし車掌さん曰く…「そりゃ、待ってくれないよたぶん」^^;;

 まだ下り列車は来そうにない。こうなったらもう判断を決めるしかありません。
 いずみはこの列車を捨て、急遽下りで引き返す決断をしました。

 17時半から無人になる新地駅の、誰もいない待合室に19時ちょうどに移動。
 そしてさらに10分ほど待つと電車到着、これがまた2両編成の701系で、下りホームのはるか先に止まるとは知らず、もう走る走る!^^;;
 そして、これが20分遅れということで急遽時刻表を繰り出し、左のプランを策定。福島から宇都宮までワープする、この行程が最も出費が少なくて済む、ということになります。
 ただ、新幹線の福島駅は在来線からけっこう遠いので、特急券や乗車券を持っていない身としてはけっこうギリギリの感じ。後は東北本線が複線であることに賭けるだけです。。。

 東北本線と常磐線の分岐駅、岩沼の待合室でしばし待ち。この日の東北地方はマジで肌寒く、Tシャツ1枚はつらいですが、そんなことも感じないくらい落ち着きませんでした…
 迷惑とは思いつつも、現闘本部に電話をしてこの事態を報告、ネットでの告知をお願いして精神安定剤代わり。^^;;

 果たして定刻にやってきた福島行きは、また701系4連(笑)。しかも混雑で、白石までは座れず。座れた後は、もうひたすら遅延なきよう祈る車中。

 そして無事定刻に福島着、さっそく走って改札を出、5,460円払って宇都宮までの自由席特急券・乗車券を購入してホームへ。どーやら新幹線に遅延はない模様。
 というわけで、ケガの功名でいずみは山形新幹線車両初乗りプレイになってしまいました。
 この車両、在来線乗り入れのため一回り小さく、ドアとホームの間がむちゃくちゃ離れているため、停車時にはドアの下からステップ板が出ますし、ホームでも止まる部分にはすべてフェンスがあります。
 しかもこのつばさ144号は、東北新幹線車両との併結がない単独運転。よくこんなもんに乗れた、つーか乗らざるを得なくなったのもこれも何かの縁でしょう。。。

 あとはほぼ順調。宇都宮で降り、上野行き最終の各停(またロングシート(笑))で一直線。途中小山で水戸線最終接続待ちで4分遅れるも、「その程度なら絶対帰れる」って感じでエラく余裕です(笑)。

 結局690Mの遅延は上野着の時点で消滅し、無事、上記行程どーりに錦糸町にたどりつき、帰宅でした(^o^)

 いやー、やっぱりあおはるはある意味「恐い」モノなのだなぁ、と認識。
 なにせ生まれてはじめての利用で行きも帰りも「やられる」とは思ってもみませんでした。
 とにかく、あおはる利用の教訓として、いずみは以下の項目を強調しておきたいです。


  1. 終電ぎりぎりの行程を組むな。
  2. 終電ぎりぎりの移動は、一箇所詰まると即「死」を意味します。
    早めに出発できるものならできるだけそうしましょう。
  3. 資金には余裕を。
  4. 今回の帰り、貧乏ながらキャッシュで2万円ほど所持していたため、「サイアク仙台から大宮まで新幹線、あるいは旅館泊」ということを担保に考え、行動することができました。実はあおはるは「旅費を安く上げるためのきっぷ」であって、「貧乏な旅行に使うきっぷ」ではないのだ、ということでしょうか。
  5. できれば複線区間を使おう。
  6. 行きの羽越本線、帰りの常磐線は、まさに「単線区間での遅れ」が致命的になっていったケースです。単線区間では、関係ない列車の遅延の「後遺症」で後続にどんどん影響が蓄積されます。できることなら複線区間利用です。

 というわけで、ねぶた闘争の大爆発、あおはる利用法のお勉強など、実り多い旅行でした。

 これを教訓に、次は月末、大阪に残りのあおはる使って♪行ってきま〜す(行ってらっしゃ〜い(笑))


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