03年1月 宮崎留美子糾弾集会(笑)

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 久々にテキストのみの行動レポートです(笑)。

 1月28日、ロフトプラスワンで行われたイベント「トランスジェンダーとニューハーフ対談」。これに、今やトランスジェンダー業界の一大阻害物として立ちはだかっている宮崎留美子という人物が出演する、ということで、これを徹底的に糾弾し切ろう、ということで行ってきました。

 結果、大勝利。裸の女王様=宮崎留美子に対し、「オマエは裸だ!」と、リアル社会上で公然とつきつけることに成功した、と言えると思います。
 もちろん、本人が自らのブザマな姿に気づいたかどうかは定かではありませんが。

なお念のためことわっておきますが、 私は自身がブザマな姿を晒して生きていることをちゃんと自覚しています(笑)。


 このイベント、松坂あまらというプラスワンのスタッフが企画してやっている定例モノ「ジェンダースクランブル」として行われています。

 松坂あまらという人がどういう人なのかは、うちの掲示板の議論スレッドをご覧いただければわかるかと思いますが、私の率直な感想としては「自分にとって攻撃的、ネガティヴなものはすべて男性性である」という、およそリクツにも何もなってない根拠に基づいて「ジェンダー」を語っていて、ちょっと議論の相手にならない、というところです。
 もちろん、別にそれはそれでいいです。何か声を挙げる人がすべてロジカルでなければならないなんてことはないですから。
 ただ、既存の小難しい単語を振りかざすのなら、ある程度の一貫性を持っていただきたいと。それをメチャクチャにされては議論が成り立たちません。そして、議論が成り立たないのに難しい専門用語を使う意味はまったくないはずです。
 彼女のセンスにはおもしろいところがたくさんあると思うので、フェミなんか忘れて、もっと自分の言葉で語った方がよいのでは、と老婆心ながら思います。

 そして今回の副題には「性を行き交う人それぞれの思想、戦略、そして、論争」。
 ならば論争をしてやろうじゃないか、というのもあるのですが(笑)、しかし、そういう前向きな論争以前の問題として、宮崎留美子などというメチャクチャな人間に対しては、きっちりと「NO!」の声をつきつけていかねばなりません。

 宮崎留美子(通称MR)はいわゆるパートタイムトランスジェンダーで、都立広尾高校で社会科の教員をしています。そして学校教職員の集まりであるSTN21で副代表というポジションにあり、「私はトランスジェンダー」という著書を刊行。これを担保に、全国の組合や自治体などの研修で「セクシャルマイノリティ」やら「ジェンダーフリー」やらについて講演をやってます。
 とまぁ、これだけなら別にいいんですが(実はよくないが)。
 この人、とにかく、業界内での嫌われ者です。いや、嫌われ具合なら私も負けませんが(笑)、この人の場合、やってることや言ってることがメチャクチャなんです。
 簡単に思いつくだけでも、

 等々、枚挙にいとまがありません。
 しかし、それもこれもすべてはネット上での話。もはやネット上では、MRを信用する人などほとんど誰もいない状況でしたが、現実社会ではこの実態が知られていないため、「著書を読んで感動した」という具合に「騙される」人も後を絶ちません。
 幸い、今日の会場は、言論乱闘などアッタリマエの空間、ロフトプラスワン。普段のお上品な講演会やシンポジウムではできないような罵倒や罵声も、また客席からのスルドいツッコミと壇上との深い討論も、むしろ店としては「望むところ」。ここはチャンスです。
 私はこの日を「宮崎留美子糾弾の場」と位置づけ、ネット上で結集を呼びかけました。その上で、掲示板での自作自演自滅事件に絞った内容のビラを作成し、トランスジェンダーに関する問題はすべてライブの議論でやっていこう、と計画したのです。


 平日の硬派企画(ということになるでしょうやっぱり)としてはまぁまぁの入りのプラスワン。私はプラスワンの悪質な常連客(笑)とともに会場右手、いわゆる「桟敷席」に陣取ります。
 この日はTBSの取材が。何でも、「女子大生がMRをビデオ取材している」とのことで、さらにその「取材する女子大生」をTBSが取材に来た、ということでした。
 まず司会の松坂あまらが登場、前口上など言いつつすぐにMRと、もうお1人のゲスト、マキさんの登場です。
 まず前半1時間はゲストの自分史語り。
  マキさんは、本当に落ち着いた、オトナの女性という雰囲気で、波乱万丈の生き様を語ってくださいました(だいたい、マキさんのサイトの中に書かれているとおりの内容)。
  一方のMRは、毎度毎度の学歴自慢プレイ。まぁ高卒の私にはどぉでもえぇ話ですが(とかある意味暴言吐きまくり(笑))、桟敷席の客は「あの人、自分の学歴の自慢話しかしてないね」と早くも鋭く見抜いています。さらには「自己愛激しいね」さすがプラスワンの悪質常連客、このあたりの眼力だけはあるようです(というかそれを取ったら他に何も残らない人間の屑かもしれません(笑))。

 ここでぜひ触れておかねばならないのは、マキさんの、ある意味達観というか、「性転換なんて所詮は自己満足」「私たちを愛する男性たちはみんな『これはホモ行為じゃない』って言ってくれるけどそれは言っているだけ」「事件でもあればすべて男性扱い」という認識、そしてそれをまとめた「結局私はどこまでやっても作り物・ニセモノ」という身上です(詳しくは→こちら)。
 この認識は、今の社会学ないし我々の感覚からすれば、「性別=セックス論」「ジェンダーの否定・劣位性」に他なりません。しかしよく考えれば、マキさんが生き抜いてきた(としか表現できない)のは、そもそも「ジェンダーってなんですか?」というのが世間の常識、男女平等ですら単なる謳い文句に過ぎなかった時代です。そんな時代に「じぶん」を見つけ、さらにその中を生き抜いていく上で「獲得した」(というのも無論おこがましいですが)皮膚感覚をいったい誰が否定できるでしょうか。

 そしてこの話は、まさにいわゆる「TS原理主義」的な発想がいかに誤りであるかの傍証でもあります。「私は女/男である」という「確信」の強さなどというものは、本人の意思と社会との関係性で決まる、まさに社会的なものなわけです。

 しかしそれにしても、松坂司会はいったい何なんでしょうか。
 ただただ2人の話を聞くだけ。 そして今、その2人の話が、まさに「ジェンダー」というキーワードをめぐって別の論になっているというのに、それに対して何もせずダンマリ。おいおい、今日、あんた自ら告知文「お二人が自分個人の性を実現するまでのお話に、ジェンダーフリーへの糸口を探りたい!」て書いてるやん(笑)。イマがその絶好のチャンスなのに何やってんねん(苦笑)。

 そんな前半の後は、若干の休憩タイム。
 ここで私は、会場内にビラを配布。後半の質問タイムに向けてのお膳立てが着々と整います。


 休憩後、壇上にはなんだかえらくかわいい女性が。なんでも、東京視点というストリーミング系サイトのために映像を撮っているクリエータだそうです。中盤はこの人、そして途中からはなんとMRの教え子の女性(この人も美人でしたね)までもが壇上にあがり、さらにはクリエータが撮ったらしい、別の教え子へのインタビュー映像を上映。

 これ、もう、なんていうか、まさに金王朝って感じでした。
 ある意味「ジェンダーについて何も知らなかった」生徒さんたちが、たまたま、MRのような人間からはじめてその概念を教えられ、「女性としての宮崎留美子さん、でも普段は…中性的っていうか。」とかそういうコメントをしてしまうわけですよね。ビラに記述した「オレ」人格なんか見れば、とてもそんな言い方はできないはずなんですけどね(笑)。

 まぁ逆に、生身の人間が感じる「女性性」「男性性」なんて、所詮そんな程度のもんだ、ともいえるでしょう。

 まさに「宮崎信者」(といってもこういう人たちのことじゃないです(笑)) たる彼女たちを前に、得意満面のMRの弁舌はいつにも増して滑らかです。
 「私が目指しているのはジェンダーレスではなくジェンダーフリー」「上野千鶴子さんは、『私とは何か』を誰にも冒されないことがフェミニズムだ、と言っている」「マルクスが言った。『すべてを疑え』と。」「科学を無視することはできません」等々。
 しかし、まぁこんなスレたライブハウスに来るような外道(笑)にとっては「…だから?」といいたくなるようなことを、しかも自分の意見じゃなく他人の発言の引用で言いまくるMRと、それを注意深く真剣に聞く彼女たち。この光景はまさにマンガです。

 まじめに思うことは、つまり、これこそが教育の負の本質だ、ということです。教師と生徒という、あらゆる意味で対等でない関係性の中で、知的な支配−被支配の構造というのはいともたやすくつくられるのだ、ということです。すべての教育・指導の現場で、指導する側が自戒しすぎてもしすぎることがないポイントがここにあります。

 さて、しかしそんな中、「???」で笑える話もありました。

 まず1つ、「ジェンダーレスでなくジェンダーフリーですが、そういう世の中になったとき、私たちのようなトランスジェンダーという存在はあるのかないのか、それはなってみないとちょっとわかりません」とのMR発言。
  これは、神名龍子さんや畑野とまとさんがかつて提示した問題意識のパクリに他なりませんが、「わかりません」というのはあまりに「わけがわかりません」。
  MRは「ジェンダーフリー」を「ジェンダーレス」とは違う概念だとし、さらに「女らしさを否定していない」とも述べていて、「ジェンダーフリー」が「ジェンダーバイアスからのフリー」の意味だ、とはっきりさせていました。しかしだとすれば、ジェンダーフリー社会が到来してもジェンダーは残るのだから、トランスジェンダーだって残ってあたりまえじゃないでしょうか(笑)。
  こんなあたりまえのことがMRに理解できないのは、MRがそれらの命題について、少しも本質的に理解することなく、都合よく語感だけで使っているからに他なりませんが、より深刻なのは、こんな単純なことに、今の高校生はひっかかってしまうということです(u_u)。

 そしてもう1つは、より本質的なことです。
 クリエータが図らずもMRに突っ込みます。「宮崎さんは、なぜこの服装で授業をしないのですか?」
 MRは「職場との関係や家族との関係でそれができない」と残念そうに語ります。「まだ職場での理解も完全に進んでいるわけではないし、家族、特に子どもに与える影響もある。どうしても躊躇してしまう」と「弁解」するMR。
 しかしこの弁解がちゃんちゃらおかしいことは、古くからMRを知る当事者にとっては自明なことです。そのことは、この後に、本人に直接、強烈につきつけられることとなります。

 私は既にこの時点からエンジンがかかりはじめ、ちょこっとヤジってみたりしました。多少こわばってきた場の空気に、壇上の教え子はかなり緊張というか、私に対して怒りを隠せない風。でも、ここはそういう場なんですよね。(笑)


 そしていよいよ、質疑応答のコーナーがやってきました。
 すかさず私は挙手し、まずは松坂糾弾を。「今日の司会には失望した。せっかくマキさんから重要な論点を持つ重い話が出ているというのに、それをことごとく聞き流して終わり。どうなってるんですか」と。
 そしていよいよ本題。「私は女子トイレ使ってるんですけど、お2人はどちらのトイレをお使いですか?」。もちろんこれは、宇都宮事件への布石です(^^;;)。
 がしかしMRはこれに対し「そんなプライベートなことは答える必要はありません!」
 ぉぃぉぃ!(爆笑) 私はすかさず「でもあなた、TBSの番組「ここがヘンだよ日本人」に出たとき、テリー伊藤に『どっちのトイレ使うんですか?』って聞かれて『これで男子トイレ入ったらどうなると思います?』と答えてるじゃないですか!」と返しました。MRはこれに対し「ならそういうことでいいじゃないですか?」
 こちらとしては、しょっ端で、MRが「何ら一貫性なく、その場その場で適当にしゃべってるだけだ」ということを明らかにできたことで軽いジャブの効果アリ、という感じ。
 続けて話を宇都宮問題へ。早稲田での話を振ろうとしたところ、先にMRから同じコメントが発せられたので、「それはおかしい!」とそろそろエキサイトモードで(笑)返しました。あとは、マキさんの生き様というのがまさにジェンダーというものの社会の中での扱われ方の歴史を現していること、今は女性もトランスジェンダーもジェンダーという武器を身につけたこと、そしてその武器をもって闘うことなしには世の中は切り開けないことを話し、にもかかわらず不当逮捕を糾弾する前にその人個人の身なりの問題にしてしまうのはありえないのだ、と締めくくりました。
 まぁ「締めくくりました」なんて上品なことには到底なってなかったですが(笑)、ともあれ言うことは言ったです。
 しかしMR、これに対し「そんなの揚げ足取りじゃないか」と。
 おーい!どこが揚げ足取りなんですかー!(笑)
  ふだんあれだけ、今の世の中の「反動的な風潮」について嘆いている人が、「トランスジェンダーが、すなわちMR自身も含めて等しくしょわされるリスク」について真っ先に言及せずにまず「パスしているかどうか」ということを引き合いに出す(そしてもちろん、その裏側で「自分はパスしている」と言いたいわけですな(笑))というのは、トランスジェンダーの問題を自分中心にしか考えていない立派な証拠です

 でもってあまりにすばらしいのは、ここにきて、松坂−MR連合軍のようなものが形成されたことですね。
 これはもう、実に単純な構造です。あのにっくきいずみが、宮崎さんをぎゃーぎゃー攻撃している。よってMR=味方、という、すばらしい構造です(笑)。

 ともあれ、司会の圧力(笑)で私は次の質問をできませんでしたが、ここで出てきたのは、河合塾で教鞭をとる銀河さんであります(ぱちぱちぱち)。
 銀河さん、さっそく自己紹介からトップギアであります「私は予備校で教師をしています。宮崎さんとは昔から知り合いですが、宮崎さん、もう5年も前から『夢はこの姿で教壇に立つこと』と言い続けてますよね。都立高校というのは、はっきり言って、私たちよりもはるかに恵まれた環境です。私からすれば、『私が教壇に立っているのに、なんで宮崎さんはまだ?』と思います。ちゃんと努力しているのだろうかと。きちんとしていただきたいと思います。」 そしてさらにここで、くぼりえさんが「雑誌『婦人公論』の記事で『校長先生や教頭先生も認めてくれています』って出てるじゃないですか!」証拠物件を示しながらヤジ。
 ひゃ〜\(^o^)/
 MR、これに対し「ん〜〜〜〜〜〜難しいです……」と、言葉に詰まりながら、同僚の問題やらPTAの問題やらを持ち出しまくり。
 いやーわかりやすい。要するに、「何かあって自分の社会的地位を失いたくない」。それだけなんでしょ?(笑)

 もちろん、「社会的地位を失わない」ことを指向すること一般はちっとも悪くありません。しかしだとすれば、MRの言う「夢」とはいったいどうやれば叶うことなのでしょうか? 黙って情勢が変化するのを待つだけなんでしょうか? だとすれば、全国行脚で講演で「ジェンダーフリーだ」とか訴えて回っていることにどれだけの意味があるんでしょうか?
 私は、一部の人が言う「公務員が税金使ってどうのこうの」「休みばっかりで高給取りで特権階級」という中傷には絶対に与しませんが、まったく逆に、「公務員という立場を利用して、断乎、教壇に立つ」くらいのことをやらないでおきながら偉そうなことを言うMRはいかがなものか、と思います。

 続けて銀河さん、まるで私の遺志(笑)を継ぐかのごとく(笑)、レディースデー事件の話題を。「ジェンダーフリーを言う人が、女性だと料金が安くなるからといってわざわざレディースデーの日に行くのはどうですか?」
 銀河さんの主張は明快です。女らしい格好をするのは個人の自由だ。しかし女性だから安くする、というのは、民間企業がやっていることとはいえ、社会的な制度の問題だ。それをジェンダーフリーを唱える人が敢えてやるというのはどういうことなのか。私はそんなものは利用しないし、女性専用車両にも乗らないし、トイレは男女で区分されているのでやむを得ないがそれでも共用のがある場合は極力共用のを使うようにしている。宮崎さんはどうなのか、と。
 よどみなく、しかも穏やかに、かつ論理として鋭く突きつける銀河さんに対し、MRは一定の反論を試みますが、しかしその反論も途切れ途切れ。仕舞いには「人間、誰にも矛盾がある」だそうです!(笑)

 ただ、 この件については、必ずしも銀河さんの意見が客席から支持されたわけではありません。MRがたじろいでいるのに、その前は私といっしょにMRをヤジっていた腐れ常連客からは、むしろ「それはプラグマティックに考えてよいのでは?」などとMR支持のヤジもありましたよ。
 これぞまさに、プラスワン。プラスワンは、発言者の政治的・思想的立場を攻撃する場ではないんです。そうではなく、発言者の発言内容やそこに見え隠れする人間性を攻撃するわけです。人間性への攻撃とは逆にひどそうですが(笑)、これも、その人がウソつきだとか、底が知れるとか、そういう場合に攻撃するだけなんですね。
 そして、そういう場であるにもかかわらず、トランスジェンダーについてあまりわかってない客からヤジられるMRは何なんざんしょ、ともいえるのではないかと思います。

 このあたりがぐちゃっとしてきたところで、本当はさらに行けば面白かったのに、またまた休憩タイム。司会松坂はなんでこんなにおいしい局面をわざと流すんでしょうか、さっぱりわかりまへん。(というか「何も考えてないから」に100万人署名)


 ここで2回目の休憩。 驚くべきことに、飲尿事件の書き込みのプリントアウトや、広尾高校の学校案内のコピーなどが別の方より撒かれるまでに。あーもう知らないっと(嬉)

 休憩の後は、マキさんに対して、いわゆるtranny chaser(日本語では差別的表現ではあるが「カマ好き」)とは特殊な指向なのか、という、ごくごくまっとーな質問。これに対しマキさんはややカテゴリが違う返答をした、ということで、三橋さんがマイクを奪って(笑)わかりやすく解説する、という一幕もありました。

 そしてここで、司会松坂によるウルトラ差別発言が飛び出しました!
 論客や悪質客(笑)の質問ばかりで、毛色を変えたいのはわかりますが、松坂曰く「じゃあ、ここで女の人の意見も聞きたいな」
 瞬間、空気が固まった気がしましたが、私はすかさず、男性性まるだしで(猛笑)ヤジ。「おい、それじゃMtFは女じゃないってかよ!」
 しかし、しかしです。これに対して松坂はなんと言ったか。

じゃー、オマンコのついてるひと。

 …がびーん(笑)。なんだそりゃ。
 これぞまさに、「司会としてさまざまな階層から意見を聞く」という社会的な概念での指名振り分けを行う際、それを肉体的性別で決めるという、セックス−ジェンダーの同一視以外の何物でもないじゃないですか。それで何がジェンダーフリーなんだか、さっぱりわからない。
 というわけでここは激昂してみるてすと状態で、私は立ち上がって「そりゃ差別だろう!おい!」
 と、我らが松坂、あきれ笑いをしながら「どこが差別だよ、差別じゃないじゃん!」

 …はい、すみません。正直に告白します。このイベントで、私、この瞬間だけマジギレしました。(^^;;)

 で、これはヤバい、エンタテイメントでなくなる、と判断する余裕はまだあったので、とりあえず沈黙して自らを落ち着かせること20秒(笑)。怒りを沈め、結局司会指名の、最前列に座っていた若い女性の質問を聞いていました。彼女の質問は、マキさんが非常に魅力的でオーラが出ているとかなんかそんなありがちな話(あ、いや、マキさんが魅力的でまじでオーラが出てたのは事実ですよ、念のため)。
 その後も客席からいくつか質問が出て、トークは淡々と進みました。そしてもう時刻は予定をオーバー。
 ありゃりゃ、確かにMRに打撃は与えたけれど、まだこれでは足りないな、なんだよこれならはじめから質疑応答だけにしろよ、などと無責任なプラスワン常連客ども(笑)。

 しかしチャンスはまだまだ残ってました。
 「これで最後」とされた質問への応答の中で、「トランスジェンダーだトランスセクシャルだ、なんて細かい分類は無意味」みたいなありがちな話に。そしてMR先生、「私はトランスジェンダーと自称しているが、理解を早めるためにはニューハーフと自称することもある」といつもの言説。それはもちろんいいんですが、しかし、性同一性障害だけは使うべきではないはず。あぁなんてこの人、ネタを自ら振ってくれるんだろう(笑)。
 ということでツッコミ開始。「あんたがトランスジェンダーの敵だからここでこうして叩いてるんだよ!」とある意味メチャクチャなヤジを飛ばしつつ、「だいたいあんた、性同一性障害を自称してただろう!」 と指摘。
 すると、MRはなぜか、「証拠はどこにあります?」と余裕の笑みを浮かべながら応答。 私はとりあえずお約束として「熊本高校のOBコーナー」を提示(ちなみに←のページを見ていただければわかりますが、現在も「性同一性障害を持つものです」という記述はしっかり残ってます(笑))。
  ところがなぜかここではMRは「それについてはですね」などと弁解を開始。
  ぉぃぉぃ、どう出るんだ?お楽しみじゃないかい、とてぐすね引いていたら…

 なんと、くぼりえさん、先に限定配布された資料を振りかざし「ここに出ているぞ!」
 そこには、「婦人公論」と毎日新聞の記事のコピーがあり、確かにMRが「性同一性障害を持つ人」として紹介されています。
 これに対しMRは、やはりそれなりに余裕をもって切りかえし。「それは私が書いた記事じゃなくて、記者の人が勝手に書いちゃったんですよ」。「じゃぁその原稿に目を通して、誤っていることを指摘すべきではないのか?」とさらに挙がる追及の声には「私は原稿チェックをしない主義なんです」
  これ、実は掲示板で言っていた言い訳ではありますが、確かにこの説、完全に崩されたわけではなかったです。そういう面で、MRにも余裕はあったのでしょう。

 だがしかし!ここで決定的な爆弾が投下されることとなりました!
 くぼりえさん、なんと、婦人公論の記者、小山さんからのメールのプリントアウトを掲げ、高らかに宣言!
 「この原稿、宮崎さんに確認してもらった、って書いてありますよ!」

 もう、この後のMRの表情ったらなかったです!
 完全にうろたえながら、頭に指をあてて悩みingポーズ。「うーん、うーん、私は原稿チェックしないんですけどー」と無限リピート状態でうなるだけです。

 そしてここで、いよいよ真打、三橋順子さんの登場です。

 「この記者さんはよく存じてますが、GID問題の初期から取材してるちゃんと勉強している人で、トランスジェンダーと性同一性障害とを混同したり、取り違えるような記者ではありません。メールにあるとおり、あなたは原稿チェックまでしてるじゃないですか。それで性同一性障害って書いてあるのだから、あなたが自分は性同一性障害だって認めたってことでしょう?」

 もうグウの音も出ないMR。「もしかして、家に原稿が送られてきて、見るのを忘れたかもしれない」などと、噴飯モノの弁解を、弱弱しくするのみです。
 そして銀河さんも毎日新聞の記事について補足発言。MRが、銀河さんの記事が掲載されたのを見て自ら記者に売り込んだ、との暴露がなされました。
 さらに駄目押し的に、このワークの仕掛け人、くぼりえさんがマイクアピールです。

宮崎さん、あなたなんで、平気でウソをつくんですか?

 まさに、勝負あった瞬間でした。「宮崎留美子という偽りの人生」が、公然と、厳然と暴かれた瞬間です。
 そしてまさにトリとして、三橋さんの発言。

「私は、あなたに性別違和の症状があることは認めましょう。でも、だからと言って性同一性障害という疾患名称を医者の診断を受けていないあなたがなぜ名乗るのか。そこから混乱が始まってるわけですよ。大勢の性同一性障害の人が、その点であなたを批判している。あなた自身のためになってないでしょう。そこらへんをちゃんとすることが、あなたの今後のためだと思うんですね。」


 ここで司会松坂は店じまいを宣言。
 そして、さすがマキさん。人生の重みが違います! 笑みを浮かべながら、

こうして宮崎さんがみなさんにいろいろ言われるのも、
みなさんが宮崎さんを愛しているからですよ(^o^)

 さらに!

宮崎さんは、その時その時でニューハーフ、性同一性障害、トランスジェンダーと
目新しい言葉に飛びついてしまいますから(^o^)

 このコメントで、討議の心地よい緊張もほぐれ、会場中からの拍手をもってイベントは終了しました。

 それにしても、まさにそのまんま!な鋭すぎるダメ押しをしつつ、しかも会場を暖かくさせたマキさん。もうタダモノではない。すばらしすぎました。今度はぜひ、単独で、あるいはMR以外の人とのカップリングで、プラスワンに登場してくださるととてもうれしいです。

 なお、このイベントの感想は既に方々に書きこまれています。ぜひご覧ください。


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