算数と数学の違い(1)−単位の保存と抽象化

 例に挙げさせていただいた2問は、まさにその「算数と数学の違い」を典型的に指し示してくれる問題なのです。
 問1は、いわゆる「3量関係」、すなわち「かけ算の公式で表わされる3量の関係」にかかわる問題です。
 小学算数で、いや、実際の応用問題で登場する3量関係は、図形関係を除けば、次の2つにまとめることができます。

  (1) 単位あたりの量
  (2) 割合

 問1は明らかに「速さ」に関する問題ですが、これは(1)にあたります(ぜひ、お子さんに、このことを尋ねてみてください。お子さんがこの話を理解できないとすれば、はっきり申し上げて、お子さんは「算数を完全に理解してはいない」ということになります!)。

 問1は、明治時代からの伝統的な「纂術」の世界では「つるかめ算」と呼ばれている問題です。少し古めの参考書を開けば、この「つるかめ算」に対する、計算のみで解く古典的解法が紹介されているはずです。
 しかし、現在、この「つるかめ算」と呼ばれる種類の問題を、古典的解法で教えている進学塾は、まずありません。現在、この問題は、「面積図」という図を描き、図形的に解く、というのが一般的です。
 これは、例えば速さの公式「速さ×時間=きょり」と、長方形の面積の公式「たて×よこ=面積」を重ね合わせ、

   速さ  → たての長さ
   時間  → よこの長さ
   きょり → 面積

と対応させ、問題に登場する3量の関係を長方形の図で表し、元の問題を「辺の長さを求める図形問題」として解いてしまおう、というものです。慣れてくれば比較的簡単に解けるため、多用されている方法です。

 では、これら2つの解法、さらに中学校で学ぶ方程式による解法の3つを、「問題を解く」プロセスで分けてみます。



[古典的解法]

 
問題文
 
 
 

 
問題文を読み、「これはつるかめ算だ」と気づく
 
立式
 
 
 

 
公式にあてはめる
計算する
 

 
 

[問]1000mの道のりを、途中まで毎分200mで走り、途中から毎分250mで走ったところ、4分30秒かかった。速さを変えたのは、スタート地点から何m先か。

[解]これはつるかめ算だから、公式

   つるのあし=(かめのあし×総ひき数−あしの合計)÷(かめのあし−つるのあし)

 にあてはめて、毎分200mで走ったのは

   (250×4.5−1000)÷(250−200)=2.5分

 だから、速さを変えたのは 200×2.5=500m

 これははっきり言って、いただけません。なぜなら、この解法のポイントは「つるかめ算と気づく」ところのみにあり、これに気づかなければ「手も足も出ない」状態へと陥るからです。参考までに、「つるかめ算」のような古典的解法は、全部で20種類以上もあり、これらを全部覚えなければならない、という点も、マイナス面として挙げられます。
 ただし、プラス面もあります。それは、「途中の式で、どこでも必ず、もとの問題文にあった量の単位がそのままになっている」という点です。実は、これが小学算数の特徴の1つで、式の1つ1つに、量的な意味が存在している、ということです。ですから、抽象化が不得手なお子さんにも、比較的理解しやすい、また、単位に注意するだけで妙な立式のミスが減る、ということになります。



 …あっ、一応、公式の根拠を述べておきましょう。これ、もともとは「つるとかめ、頭の数の和が10、あしの数の和が28。つるは何匹?」という問題の解法です。だから「つるかめ算」なんですね(^^)。

 まず、10匹全部がかめだとします。すると、あしの数の和は

  4×10=40

になります。しかし実際にはあしは28しかない。そこで、10匹のかめのうち、1匹をつると交換します。すると、あしの数の和は

  4−2=2本

減ります。実際のあしの数の和は28なのですから、

  40−28=12本

のあしを減らせば、つまりかめとつるの交換を

  12÷2=6回

行えば、あしの数の和が28になるはずです。だから、つるは6匹なのです。

 この「全部が××だとして…」という仮定をして、そこから実際のデータに刷り合わせていくことで解を導き出す方法は、いずみが中学受験をした今から20年くらい前までは、3量関係の応用問題を解くための、ほぼ唯一の指針でした。古典的な解法の図式にあてはまらない問題は、すべてこの方法で試行錯誤してみる、とゆーのが常套手段だったのです。

 いずみがまだ学生で、アルバイトとして塾教師をはじめたころ、この方法を教えてて、理解できる子とできない子の差異があまりにくっきりと出てしまったことに愕然としていました。
 そのころは、「自分の力量不足なんだなぁ」とだけ思っていたのですが、問題はそれだけではなく、この方法自体の難解さにもあったようです。
 つまり、この方法のキモである「交換作業」を自然に行うことができるためには、3量関係そのものがはっきりと理解できていなければならないのですが、これがかなり怪しげなのです。なんでもかんでも、単発的な公式でしか教えない。
 例えば、速さの公式を教えるとき、多くの先生方は(そしてこれに関しては、多くの塾も同じなのですが)、有名な「はじき」で教えます。これは「やさ×かん=ょり」のことなのですが、速さの公式は、実は「速さ=単位時間あたりのきょり」だという、(小学校レベルでの)速さの定義さえ教えていれば、実は必要のないものなのです。小学校の先生方、はっきり言って、ご自身がこのあたりを理解されていないのではないか?お子さん方を見ていると、そうとしか思えないことが、しばしばです…



[方程式]

 
問題文
 
 
 

 
問題文を読み、方程式を立てる
抽→
象→
化→
方程式
 
 

 
方程式を計算で解く
方程式の解
 
 
 

 
方程式の解が題意を満たすたどうか吟味
単位をつける
 

 
 

[問]1000mの道のりを、途中まで毎分200mで走り、途中から毎分250mで走ったところ、4分30秒かかった。速さを変えたのは、スタート地点から何m先か。

[解]毎分200mで走った距離を xmとすると、毎分250mで走った距離は 1000−xmである。
 時間について方程式を立てると、

   x/200+(1000−x)/250=4.5

 両辺を1000倍して、

   5x+4(1000−x)=4500
  ∴x=500

 これは題意に適する。よって答は500m

 これはもちろん、中学校で学ぶ方法です。この方法では、「問題のパターン別の解法」をいちいち覚えることなく、「方程式を解く」という「単なる計算」でどのような問題でも解を求められる、という点がすぐれています

 しかし、最初の「問題文を読み、式をつくる」という部分では、相変わらず、なんのテクニックも教えられないまま、お子さんのセンスに頼って立式を行う、という状態です。この部分で、数学に苦手意識を持ちはじめてしまう中学生が多い、というのもうなずけます。

 また、これは数学の最大の特徴なのですが、途中で高度の抽象化が起こります。方程式そのものには、あくまで、単位がつきません。これは数学が、「数量」という計測できる・実感できる量を扱う算数とは異なり、それらの数量から抽出された、抽象的な「数」(すう)を扱う学問だからです。
 そのため、いったん作った方程式は、少しでも変形してしまうと、もともとの問題文にあった数量関係がものの見事にすべて消滅してしまうのです。

 この、数学と算数の違い。このあたりを曖昧にしたまま、小学生に方程式のテクニックのみを教えることは、「中学入学後の数学への対処」という観点からはまさに「百害あって一利なし」なのです。



 これをお読みになられている方の多くは、これら4つの解法のうち、これが最も「なじみやすい」とお思いでしょう。
 しかし、それは単に、「この文章を読もう」とゆー気になっていただける方にとって、「方程式」という抽象化術が「自然なもの」だと思える、とゆーだけのことなんです…(^^;;)。お子さん方にとっては、「3量関係の整理不足からくる混乱」に加え、「抽象化そのものの難しさ」が加わり、かなり難解な代物、に見えてしまうようです。

 特に、速さや割合の問題では、後者が格段に難しいようです。具体的に言えば、「1個60円のりんごを1個買ったら60円、2個買ったら120円、じゃ、x個買ったら?」に対しては、たいていのお子さんが「60x円!」と言えるのですが、「1分歩いたら60m、2分歩いたら120m、…x分歩いたら?」と言われると、途端に困るお子さんが少なくありません。
 この原因は、この後ろの「面積図」のところで触れている、「連続と離散」の問題でしょう。整数量は、数え上げをかけ算にイメージし直すことはたやすいのですが、小数量でそれと同じ推察を行いにくいようなんですね。

 ある意味これも、小学校の先生方が、速さを単なる「単位あたりの量」として処理せずにあたかも特別なテーマであるよーな扱いをして、「公式で教え」てしまうために起こる事態のよーな気がします。なにしろ、小学校の教科書レベルの範囲では、公式だけでどの問題も解けてしまうため、問題が表面化しないんです…。「単位あたりの量」として教えれば、平均とのアナロジー(平均はまさに「単位あたりの量」で、元データがすべて整数量でも、平気で小数値をとる!)で、どんなレベルでもうまく処理できるはずなんですが…(現に、いずみの塾ではほぼうまくいっています)

 もちろん、中学生になってから、そのレベルの抽象化をたやすくこなせるようなレベルのお子さんなら、実は小学生のうちからでも、方程式をこなせるはずです(^^;;)。だから、もともと「少数激戦」である中学入試チャレンジ組に方程式を教えてもよいのではないか?そのような疑問も、当然出るわけです。

 実際、現在でも少数の生徒に方程式を教えている大手進学塾は存在します。しかしそれは、最上位校をめざす生徒に対してだけなのです。そうでないお子さんには、一切そのような方法の伝授は行っていないのです。

 それはそうです。小学算数の範囲で出題される問題には、3つ以上の未知数のある問題や、未知数が2つなのに条件式が1つしかなく、「解が整数である」ことから解を絞り込むような問題もあります。これらは、数学の教育カリキュラムでは高校で学ぶ内容です。中学レベルのスキルでは、方程式を使うとかえって解けないのです。

 最上位校レベルというのは、実は「超中学レベル」。だから方程式でも可、ということになります。実は、方程式や面積図を使えば、他の問題と大差なく易しく解けるのに、他のあらゆる算数的解法ではうまく行かない問題、というのは、確かに存在します(後述)。ただ、実際の入試では「それをやったら算数が算数でなくなる」という暗黙の了解があるせいか、その種の問題はめったに出題されていませんが…



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