ポルトガル旅行アルバム(2)



14日 ロカ岬→サンタクルス→オビドス→ナザレ

 翌朝は特に早いわけじゃないですが、なぜか6時には起床。シャワー浴びたりして、時間が若干余ったので、ロビーにあるインターネットアクセスボックスを借りようとフロントに申し出るも「今準備中です」とのこと。ショボーソ。
 9時に出発して、まずは母親の第一目標、ユーラシア大陸最西端のロカ岬へ。
 ま、こんなことやってる人間にとっては、別に驚くべき指向ではない、とも言います、笑

ロカ岬ロカ岬です

大西洋を臨む大西洋を臨んでみますた。風がめっちゃ強いっす。

岬の北側から岬の北側から

まいふぉとすみません、これと似たよーな画像で、笑

 その後はみやげ物屋を冷やかしてからリスボンに戻って昼食。
 とりあえず、ツアー参加者のみなさまの中では、私の認識(笑)は割れているようでございました(笑)。「ご長男さんですか?」「はい」「お嬢さんと一緒でいいですね」「はい」と答える親もどうかしてると思います(笑)。やっぱりノンパスカムアウト派としては、はじめからがっつりお化粧して登場して、最初にすべてアカウンタビリティを果たす、というのが美しい(笑)ところですが、親には化粧禁止令を出され、説明もできない、ということでもうわけがわかりません。胸出てるのにさ(笑)。

 もっとも、とまとしゃんが大きなバッグで豊胸した理由として「胸があると女性に見えるから」という話をライブでしてくださいましたが、それはすごくあるな、と、インターナショナルに感じました。今私は寄せ上げ系ではない普通のBカップのブラジャーしてますけど、やっぱり肩幅がありすぎるので、Bだとあるんだかないんだかわからん、びみょ〜な状態ではあるかな、と。

 ま、早晩、母親が「彼は」とかなんとか自ら話しちゃうのは火を見るより明らかなので、別にどうでもいい、という立場で臨むしかないってもんです(笑)。

 昼食終了後は近くの公園で小休憩。こんなものがありますた。

ケーブルカーケーブルカー

 こりゃ最終日の自由行動で乗らねば。
 …って、ホントは↓コレを眺望しに来たのだった、笑

サン・ジョルジュ城サン・ジョルジュ城

 昼食後はバスに乗って、日本やらのODAだか借款だかで作ったらしい高速を走ってサンタクルスへ。
 ここには、今やすっかりマヨネーズのCMで大学の同窓生とアヤシゲな雰囲気を醸し出している(そーなのか)女優の父親(という紹介もナニだが)が住んでいたところ。

壇一雄が住んでいた家壇一雄が住んでいた家 静態保存状態

石碑石碑 直筆なのだが文脈依存しないと判読できません、笑

海岸サンタクルスの海岸 こりゃー住みたくなる罠。

 このあたりからはポルトガル有数のリゾートビーチ、コスタ・デル・ソル(太陽の海岸ポルトガルver.)。ごつごつした岩肌ときれいな砂浜が交互に現れて、既に焼いている人、釣り糸を垂れる人、さまざまです。

 その後しばらく海岸を離れ、城壁の町、オビドスへ。
 12世紀にイスラムが占拠し、その後レコンキスタ(どっか機関紙と同じ名前…もなにもこれから機関紙名取ったわけだよね)で奪い返したところです。長さは1.4kmほどで細長いです。

町の入口はこんな感じ町の入口はこんな感じ

石碑町の中はこんな感じ

中心部には教会中心部には教会

城壁にのぼってみるてすと城壁にのぼってみるてすと

とりあえず狭いっすとりあえず狭いっす

水道橋 イスラム支配時代に建造された水道橋
廃線跡ではありません、笑

いい眺めいい眺めです

いずみママ右下に写ってる物体は無視してください、笑

 いい雰囲気です。
 で、ここの名物ということで、ジンジャという果実酒を購入。チェリーを漬けた甘いお酒なんですが、なんとなく養命酒っぽい感じでした。

 その後は本日の宿泊地、ナザレへ。ここもリゾート地ですが、もともと漁業の町として栄えてたところで、今でも漁業は主要な産業の1つです。
 到着後、夕食までとりあえず自由時間。紫外線アレルギーの母は置いてけぼりにして、さっそくビーチを散策です。

ビーサン持ってくりゃよかったビーサン持ってくりゃよかったなぁ。。。

ここは房総半島?熱海?イワシやアジを干して売ってます。ここは房総半島か熱海あたり?

 夕食は、海を臨む階上のダイニングテラスでイワシの塩焼き。オリーブオイルはさすがに使いますが、それ以外は荒塩だけかけて焼いたものです。お味は当然ながら日本で食べるのとほとんど変わらず。ということで、がんばって4尾食べたんですが、いつもどーり頭から尾びれまで全部食べて何も残さなかったら他のお客様ビッグサプライズ。「若いのにきれいに食べますね!」とものすごい関心されてしまったので、「若くないですし、これはきれいに食べたんじゃなくて全部食べたから何も残ってないだけです」などあまりに正当な論理で反論したのですが、聞く耳を持ってもらえませんでした。ショボーソ
 ポルトガル料理は、オリーブオイルと塩、あとサラダにビネガーを使うほかの調味料はほとんど使いません。至ってシンプル。あと、薄味と濃い味の差が極端かもしれません。

 この後、夜暗くなって薄寒くなった中、ビーチのはずれにあったインターネットカフェへ。ポルトガル版Windows XPでしたが、いずみちゃん.comを見ようとすると日本語フォントのインストールが始まり、そのままフリーズ。
 いやー困った。なんかカウンターのおねえさま方(って絶対私より年下ですが)は英語もコンピュータもよくわからなそーなフンイキ。「That computer has been stalled! freezed!」とか言ってみるのですがまったく通じない(笑)。なお、私の隣の席のねーちゃんは「我関せず」でIRCやってました(笑)。
 と、そこに、いかにもコンピュータわかってそーなお兄ちゃんが入ってきたので「Stalled!!!」と絶叫してみたところ(笑)、お兄ちゃん、Ctlr+Alt+Delを試した後(それは私も試行済)、ウンともスンとも言わないのを確認してから単にリセットボタンを押して解決。なんだ、それでよかったのか。なんか課金と接続管理をカウンター内のコンピュータでやってたみたいなので、単純リセットで大丈夫なのかな?と思ってたんですが、なんとか。
 スピードはT1は出てなさそうでした。お代は30分で1ユーロ(=130円)。

 なお、日本語がインストールできない端末で日本語ページを見る場合、http://www.shodouka.com/というサイトが便利です。これは日本語ページの日本語を、X Window Systemのフォントにラスタライズして画像として送ってくれるところです。ただし、CGI Postデータを切り捨ててしまうため、書き込みや、tcup掲示板の「次のページ」などは見ることができません。
 …って、そういや、ちと昔に、日本語をレンダリングして圧縮して送信するシステムを1人で作ったことがあったようなないような…笑
 あのエンジンを応用すれば、次の旅行で役立ちそうですね。クライアントをJavaで書けばまじでどこからでも見放題だし。
 というよりも、よく考えたら、全フォントをレンダリングして表示するJAVA telnetを書けばいい、という気もする。 んで、w3mでweb見ればよさげ。さらに、IMEも実装して。なんて妄想ばっかり広がりますがそんなの書いてるヒマあるのかよ、とゆーお話でした。おそまつさま。(w


15日 ナザレ→ポルトへ

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