通 番 |
発 駅 | 時刻 | 列 車 | 時刻 | 着 駅 | 制 覇 |
---|---|---|---|---|---|---|
367 | 仙 台 | 6:32 | 快速 3621S | 7:32 | 石 巻 | |
368 | 石 巻 | 7:44 | 普通 2625D | 8:00 | 沢 田 | 沢 田 |
369 | 沢 田 | 8:29 | 普通 628D | 9:22 | 前谷地 | |
370 | 前谷地 | 9:43 | 快速 3921D | 10:32 | 本 吉 | |
371 | 小金沢 | 11:41 | 普通 939D | 12:07 | 不動の沢 | 小金沢 不動の沢 |
372 | 気仙沼 | 12:43 | 普通 334D | 13:21 | 摺 沢 | 摺 沢 |
373 | 摺 沢 | 15:06 | 快速 3336D | 15:41 | 一ノ関 | |
374 | 一ノ関 | 15:52 | 普通 540M | 16:23 | 梅ヶ沢 | 梅ヶ沢 |
375 | 梅ヶ沢 | 17:17 | 普通 542M | 17:36 | 小牛田 | |
376 | 小牛田 | 18:18 | 快速 3743D | 19:13 | 鳴子御殿湯 | |
米沢泉美 全駅制覇 47日目 小計 | 5駅 | |||||
米沢泉美 全駅制覇 今日までの累計 | 142駅 |
早朝の仙台はまだ暗く、駅の看板が煌々と光っている。
そしてすぐにコンコースに入ってみたのだが…
びっくりしたのは、
仙台駅ビル内には改札の外側にベンチがない
という驚愕の事実。今バスを降りたみなさん以外にも、朝帰りのみなさんが、あちらこちらにぼーっと立っていた。
これ、恐らくはホームレス対策なのだろうなぁ…(苦笑)
ともあれ、黄金ツーデー・パスを購入しないと構内に入れない。そして購入は、みどりの窓口が開く5時半まで不可能である。そんなわけで、トイレに行き顔を洗ったりした後、新幹線ホームのある2階(実質上3階)のみどりの窓口前でぺたーっと座りながらモバイルして待つ。
ところが、一晩で150通もたまったジャンクメール&ウィルスメールを遅ーいモバイルで削除している間に開いてしまったみどりの窓口!笑 待っていた20人くらいの人がドッと雪崩れ込むが私はぺたーっと座ったまま…まぁ急がないからいいや^^;;
結局窓口に向かえたのは35分。遅すぎだよ…
それでもまだ窓口には何人か待ち行列ができていて、37分にようやく私の番がまわってきた。駅員さん、黄金ツーデー・パスのことを「おうごん」と読んだり、これで快速南三陸の指定席がタダ乗りできることも忘れてたりと、少々頼りなかった…まぁ私も小学生の頃、これから乗る仙石線を「せんごくせん」だとずっと思い込んでいたので大差はない(たちばがちがう…)。
きっぷも購入し、時間に余裕ができたところで空腹状態を確認。そうだ、以前吉野家に入ったことがあるではないか、と気づき、そのままその吉野家に向かった。豚丼並+生野菜サラダで410円。お客もぱらぱらいて、若い女性1人で切り盛りしていたがこの後の朝食ラッシュは大丈夫なのだろうか。土曜だからそういうのはないのかな。後から入ってきた小柄で中肉なリーマンが「納豆定食に並に卵。」と注文していたので思わず眺めてしまったが、私が今日は控えめにツボ半分しか唐辛子をかけなかったのに眺め返されてしまった。笑
朝食を済ませれば、あとは入場してベンチに座るだけ。駅に戻り自動改札を通って仙石線ホームに向かう。私はこの線、初乗りである。
仙石線はもともと民鉄を国鉄が買収した線で、駅間距離も列車編成も短い、東北本線と競合、といった特徴を持つが、ちょっと前に仙台中心部が地下化され、従来の仙台駅が仙台駅・あおば通駅の2つに分割された。ツーデー・パスは仙台−あおば通間がフリー区間に入っていないため、時間の余裕はあるのに、というかそれ以前に吉野家からはあおば通のほうがずっと近いのに(笑)、私はこうして仙台駅の方で待つしかないのである。
モロにミニ地下鉄の駅、といった趣の短いホームには、ベンチが16人分しかなく、若人たちはみんなペターッと座り込んで携帯メールしている。この人たちは08分発の東塩釜行きに乗り、ホームはガランとしていた。残された私は今ここまでメモを書いているところである。
発車2分前、30分になると、突然人がわらわらと湧いてきた。この人たちはどこから来たのか、それが地下の、とりわけ狭い空間で起こると、いらぬ妄想をかきたてられるというものである。
あおば通から折り返してきた電車は4連(というか仙石線は全部4連)。妙に新型なドア開閉ボタンを押して最先頭に乗り、シート端を確保。快速なので地下駅もばんばん通過してあっという間に地上。光を見た瞬間、メラトニンは生成されず(ほんとかよ)眠気に襲われたのでうとうとすることに。
途中、本塩釜、東塩釜、浜田、松島海岸あたりはちゃんと意識があった。が、最前シート端は海側の景色を見るのにはとても不便。おまけに霧がかかっていて、松島やああ松島や松島やはあんまり眺めがよくなかった。ただ、いつも東北本線から眺めていた浜田あたりを、仙石線側から逆に東北本線側を眺めることができたのはよかった。
あとはうつらうつらしているうちに石巻に到着。いつのまにか座席はほぼ埋まっていた。松島海岸あたりが最もローカル色豊かで、そこより先は石巻方向に引力が働いているのだろう。仙石線ホームは駅の端に隔離されていて、番線も改札側から2・1と変則的についていた。ホームには折り返しに乗車しようとする人多数。
ここから石巻線。1番線の手前にある3番線(つまり2・1・3…という並び)に、ほどなく3連の気動車が入ってきた。鳥山さおりの義父の出身ということで改札にあったこんなオブジェ
を撮影しているうちにドアは開いていた。見ると先頭が回転リクライニングシート改造車。まぁほとんどリクライニングしないのだが(笑)、それでも当然そちらに乗る。車内は数えるほどの乗客だが、なぜかほとんどの人は座席の向きを逆にしたままで座っていた。私はもちろん、海側で、窓枠の位置が合うところを選んで回転させ、4人分を独り占め。わずかな乗車時間だがとても快適に過ごせた。
しかし天気はよくない。小雨がぱらつくだけならよいがまだ霧が深い。川も増水してにごっている。
陸前稲井では横に岩盤が露出していてプチ壮観。駅前には石材店もあり、このあたりの岩を切り出して使っているのかも。
そんな山をトンネルで抜けるとそこはちょっと開けていて田んぼが広がる。すぐに有人駅の渡波、女子高生がどっと下車。ここからは左手に同じような岩肌が迫ってきてすぐに万石浦。ここから目的地の沢田駅にかけての湾を「もし干拓したら1万石の米が取れそうだ」ということでつけた妙なネーミング。さらに妙に徐行して短い駅間でも時間をかけて沢田に到着。
沢田 さわだ 東日本旅客鉄道 石巻線 宮城県石巻市
小さな駅で全景もなにもないが、駅前には水産加工工場がたくさん、そしてすぐ先には万石浦!
万石浦はホントに静かな湾。霧に煙ってるけどいい感じだなぁ。。。しかしこれではモロに雨に濡れるため、実は3分ほどで退散してしまった^^;;
待合室に戻ってみると化粧のやたら濃いじもてぃなおばちゃんが1人。「そのかばんあんたの?」一瞬この日本語を脳内で単語素片に分解できず聞き返してしまったが、「はい」と答えると「誰かが忘れてったのかと思った」と。観光地ぽいところならともかく、こういう感じの駅でバッグが置きっ放しというのはやっぱり奇異に写るかもしれない、とは思った。
沢田から乗るのは当然、女川から折り返してきた、先ほど乗ったのと同じ編成。こういう場合、極力違う車両に乗るようにしているのだが、今回に限っては回転リクライニングが1両のみ連結なので、そうはいかない(笑)。まだ空いている列もわずかにあり、窓側に着席。渡波ではすでに相席も出だしてきた。ちゃんと寝られるかなぁ、と思いつつ既に意識はなかった(笑)。そして気づいたら私以外の全員が見事に下車するところ、あせりまくったが外には009(笑)。そんなわけで基本的にこの近辺では石巻に強力な引力が働いていることがわかった。さっそく前の座席を回転させて横になる。とりあえず30分だが寝ることができた。
前谷地では約20分ほどの待ち時間。これから乗る南三陸1号は同じホームなので、跨線橋はわたらずに小さな待合室に根っこを生やす。明日小牛田から乗る南三陸2号をちらと見たがそんなに混んではなさそうだった。意外にも混雑する待合室。まだ止まぬ雨の中でも若い人はホームに立って待っているが、ご老人ばやはり待合室の中なのだ。はっ、私もそろそろ老人かっ。^^;;
モバイルしているうちに、雨が上がったようだ。たまには天気予報も当たるもんだ。笑
南三陸1号はリクライニング車なし仕様の3連。ざぬねぬ。
一番うしろが急行型なので駆け寄るが、海と反対側に空きボックスがあったのでそこを確保。まぁ景色は前回晴れのときに見ているし、本吉まではひと寝入りしておこう。
横になり、目覚めるともうすぐ歌津。やたら寒くなってきたのでトイレで長袖Tシャツに着替えるが…あれ? なんか遅れてない?
車内でそのことを気にしていそうな人が誰もいないのだが、確実に列車は5分遅れている。まぁなんとものんびりしたものだ。
そして2年前に攻略した陸前小泉を、2年前と同じく通過し、2年前と同じく本吉で下車した。
横には折り返しの気仙沼行の編成が止まっている。私はここから3.7km歩き、1駅先でこちらの編成に乗ることになる。
車掌さんがきっぷを回収。丁寧にチェックしていて、下車客も多いためかなり時間がかかっている。もしかしたら、この行為の積み重なりで5分遅れが出たのかもしれない。さすが合理化。
小雨の中、傘もささずに2年前と同じ方向に歩き出した私。2年前とは正反対側にある駅に向かうのに、である。
そして2年前は「前谷地方向に行くために気仙沼方向に歩き出した」わけだが、今回は、途中のT字路で気仙沼方向に行くために前谷地方向に曲がる、ということをした。これも、気仙沼線と道路のつきかたがずいぶんと違うせいである。
途中までは2年前と同じ道を歩き、「登米沢」標識の手前で左に曲がり、さらに坂を登って国道45号線バイパスに向かう。そして高台を通るバイパスへの階段(これが枯れ草に雨がしみて、サンダル履きにはヒサンな状態、笑)を登り、ようやくここから最短となるバイパス歩道に出た。
しかし暑い。もちろん気温はけっこう低いのだが、ここまで連続登り坂、しかも小雨で湿度100%近くとくれば汗だくにもなるが、何よりも失敗なのは、
さきほど長袖に着替えたこと
でしかない。
この見晴らしのいい中、着替える場もないし…と汗をぬぐいながら半ばあきらめていたのだが、ちょうど道程の半分ほどのところに「トイレどうぞ」なファミマがあった。さっそく入って使わせていただき、元の半袖Tに戻った。お礼としてペットのお茶を購入し、再び歩き出す。
雨はどうやらあがったようだ。ほっとしながらずんずんと歩いていく。
と、線路が右側から寄り添ってきた。さきほどわたった大きな陸橋の下を通っていたのだろう。
そしてその線路際からはこんなすばらしい光景!
さらに歩くとようやく見えた「→小金沢駅」。これがないと絶対どこで曲がればよいのかわからないような細い路地を曲がろうとしたのだが…
なんだこりゃ!?!?
こんなところで今宵の宿の看板に出くわすとは! 偶然とはいえすばらしい。
この件についての解は、この後、鳴子温泉郷に通いつめるようになってわかってきた。2004年12月に東鳴子温泉のいさぜん旅館で、また2005年4月に鳴子温泉の農民の家で、それぞれ、混浴にて気仙沼から来た漁業を営む老カポーとご一緒し会話をする機会があった。この一帯のみなさん、湯治で鳴子温泉郷を利用する習慣をお持ち、ということのようである。
小金沢 こがねざわ 東日本旅客鉄道 気仙沼線 宮城県本吉郡本吉町
その地味な路地を少し降りていくと、目の前に突然行き止まりの空間が開けた。
そして正面にはなぜかバスが3台も停まっていた旅館、右サイドに目標の小金沢駅があった。
この撮影の合間中、荒波の音だけが響き渡っている。→ホーム上から撮影した動画(QuickTime
.mov Motion JPEG 5,440,864bytes)
そんな断崖の上に建つ駅としては大振りな感じの駅。木造でないのにこれだけのフンイキのある駅は、私は初体験である。
ずーっとここにいたいなぁ、と思う間もなく、列車のタイフォンが響き渡り、モバイルを中断し荷物をまとめる私。と、キキキキーッと車が駅前に乗りつけた。母親運転の車で娘を遊びに行かせる、といった趣。ダイヤに正確な日本の鉄道と、それに正確に合わせて日々過ごす日本の文化を、私はそこに見た。
小金沢から乗るのはさきほど本吉で隣に止まっていた3連。2両めがなんとオールロングだったので1両めまで移動。こちらは2×1セミクロスで、4人ボックスを占拠。乗客は1両あたり2〜3人ですべて私服の高校生。土曜だから病院も休み、お年寄りもいないのだなぁ。
車掌さんに声をかけられた。実は「よねざわいずみ 全駅制覇」から通して、無人駅から乗ってきっぷの確認をされたのはこれが初体験かもしれない。「定期?」と聞かれたが定期の所持でそんな尋ねられ方をされる歳じゃないだろー!笑
ツーデー・パスを見せたところ「あぁ、これか」と妙な納得の仕方。やっぱりこのきっぷはマイナーなのか。笑
大谷海岸の途中で妙な鳥がたくさん休んでいる妙な浜辺があった…あんな鳥見たのはじめて!
その大谷海岸駅は妙に立派になっていて、さすがは著名な海水浴場という感じ。でも気仙沼線を使ってここに来る人はどれだけいるのだろう。
このあたりの海岸、生活臭が強いのが本吉より手前とは違うけれど、私はこういう海の方が好きだなぁ。やっぱりArtificialなものへの親近感というか安心感は強い方なのだ。
本吉から先は古くから開業した部分だが、やはり線路の質はかなり落ちる。スピードも落としてのろのろ進んでいく感じだ。
気仙沼市の中心街、南気仙沼が近づくと車内にはさまざまな世代の人が増えてきた。とはいえ、1両あたり1桁ずつ。街並みはどんどんよくなり、空間に余裕はあるものの見渡す限り住宅。気仙沼はかなり大きな街だった。
右からかつての貨物線、というか「旧来の線」の廃線跡を合流して南気仙沼。ここで大半の乗客は下車した。
気仙沼線は、気仙沼から気仙沼港までの大船渡線支線(貨物専用線)に、南気仙沼駅より先を付け足す形で開業しはじめた。
そしてすぐに不動の沢に到着。さぁ、ここからはスピード競争である。笑
不動の沢 ふどうのさわ 東日本旅客鉄道 気仙沼線 宮城県気仙沼市
ここは地元民の請願と寄付でできた駅らしい。石碑があり、寄付者の名が細かく刻まれていた。
手前の南気仙沼住宅街からここまでずっと住宅地が続いていて、もちろん駅前も静かに栄えている。そう、横浜市の南のほうあたりによく見られる光景である。正直、気仙沼がこれだけ開けた街だとは思ってもみなかった。失礼しましたm(__)m
しかしこれで、私は気仙沼線の既乗区間が、「前谷地−本吉」&「小金沢−不動の沢」という、恐ろしく中途半端なものになってしまった。中間の駅間が2つだけスッポリ抜けた形なので、今後もし気仙沼線に完乗するのなら、結局改めて全線乗らねばならない塩梅である。笑
さて、ここから今回の旅行の最大のクライマックス(って高友旅館じゃなかったのかよ)、徒歩移動である。
気仙沼線は、不動の沢−気仙沼間をぐるーりと迂回して、しかも徐行運転で実に5分もかけて進む。しかしMapFan.netで調べた限り、両駅の間にはほぼまっすぐに近い道があり、その距離はわずか1.7km。地理に詳しい人ならここで既にピンとこなければならないのだろうが、あいにく
そういう科目は高校で赤点ばかりだった私
としては、「まぁ早足にしなくとも20分で着くだろう」と思っていたのだが…
脳内に記憶した地図に確かにあった橋を渡ろうとするが、その正面は
まさに上の画像の丘
なのである。そして、橋の先の道は
右へ向かって坂道になっていた
のである。笑
がーん。にぶい私でも、これで状況は把握できた。鉄道はここを通れないから迂回していただけなのだ。一方、坂でも登れる車は迂回しなくてもよかったのだ。そして我々人間は、坂を「登ることはできる」。体力の消耗と引き換えにだが。笑
そんなわけで私もここで覚悟の体力消費を行わねばならない。なーに、ダイエットだと思えばなんていうことはな…くなかったよこりゃ。笑 でも間に合わないことにはすべてが水の泡なので、とにかくがんばって歩いた歩いた。
ただ救いだったのは、なんと
気仙沼には、流しのタクシーがたくさんいる
という驚愕の事実である。これも、このような坂があちこちにあるのだとすれば合点が行く。もう1つ、庶民の経済力というギモンがあるが、これだけ開けた街である以上、おそらく漁業とかでそれなりの力があるのではなかろうか。
まぁ、いざとなったら飛び乗れば、ワンメータで着ける。これはものすごく保険としての効果が高かった。とにかくがんばって歩いて、32分には駅に到着。10分/kmという、ふだんの平地での歩きと同じスピードを実現できたのだった。
気仙沼駅は市街のはずれとはいえそれなりの賑わい。観光客風の人も多く、駅員はいろいろな対応に追われていたようだ。
改札前の1番線は気仙沼線専用。私が乗るのは大船渡線なので跨線橋をわたり、難なくキハ100系の1ボックスを確保。車内はそこそこの混雑で、全ボックスが埋まった上で相席もあるようだ。
大船渡線には「ドラゴンレール」という通称がついているが、これは地図上でその路線が竜のようにぐにゃぐにゃと曲がりくねっていることに由来している。先ほどの気仙沼線の迂回には正当な理由があることを私は身をもって知ったわけだが、大船渡線の迂回は純然たる政治力学の問題だったらしい。そしてこれから向かう摺沢は、まさに「ここに通すために曲げました」な駅らしい。
さすがに疲れたが、運動後の神経興奮状態で眠くもなく、とりあえずぼーっと車窓を見ながら過ごす。今回の旅ではじめての、山間の田園風景。田んぼは真っ黄色に色づいていてとてもきれいだ。
摺沢 すりさわ 東日本旅客鉄道 大船渡線 岩手県東磐井郡大東町(2005/9/20より一関市)
私が降りると、学生が入れ替わりに乗車してきた。近くに高校があるようだ。
この駅はいかにも税金投入プレイなコミュニティセンターとの合造ですごく立派、自由通路は跨線橋。なのにホームのわたりは切り欠きというアンバランスがすばらしい。
ここは有人駅で、マルスもあり、実際、じもてぃおばさんが東京行きのきっぷを前売りで買い求めにも来ていた。
なお摺沢駅は、2005年4月より委託駅となった。
ひととおり駅の観察をした後、さすがに疲労が濃く、さらにいつ雨が降ってきてもおかしくなさそうなので、あまり暴れずに(笑)待合室で待つことにした。
おなかも空いたので売店で食料を物色。お湯があるのでカップ麺に相当心惹かれたが(笑)、結局は油分ひかえめスナック菓子にした。
というわけで飲み始める昼下がり。笑
相変わらず窓口にがっついて延々発券をあーでもないこーでもないとおばちゃんと駅員さん。時間がのんびり流れていく。
モバイルしていると、14時過ぎに構内横断踏切の警告音が突然鳴り出した。え? そんなダイヤあった??と激しく疑問に思いホームに飛び出してみると、そこには、
本来、ツーデー・パスと
密接に関係しているはずのこがね号
が止まっていた。どうも機器トラブルのようで、運転停車して係員が調べている様子。まぁ、運転停車なのでどう足掻いても乗車はできない。ざぬねぬ。
うるさいエンジン音が去った後はふたたびおだやかになった待合室。といっても反対側の国道を通る車の音が時折するので、静寂とまではいかないが。
その後、駅前をぶらぶらして、商店街の中に堂々と巣を張るドデカいクモたちを鑑賞したり、川のせせらぎを聞いたりしているうち、14時40分ごろになって急速に晴れてきた。それと相前後して、それまで売店付近にたむろしていた高校生たちが勢力拡大しはじめた。ちょっと暑ささえ感じる陽気だが、これまでのどんよりさ加減よりはよい。
先ほどとは打って変わって、高校生の乗車は2人のみの快速スーパードラゴン。隣駅に停車しないから通学での利用価値が少ないのかもしれない。
さすがにボックスはすべて埋まっており、ロング部の、クロス部すぐ隣の端に着席。ここだと進行方向の反対側に思いっきりよりかかることができる。
ぽかぽかと、あとガソリンのせいでかなり眠いので、猊鼻渓を過ぎたら寝ることにしよう。
…との決意もむなしく、結局はソッコーで眠りに落ちてしまい、目覚めたら一ノ関到着3分前だった…景色眺められず仕舞い。まぁ、この線には脇ノ沢駅攻略のためふたたびやってくることが確実なので、楽しみはそのときまでとっておくことにしよう。トホホ。
一ノ関では、タッチの差で紫色の香具師が同じホーム反対側に到着。さぁこれは大変、急がねばいい席に座れない。ということでエスカレータを放棄して階段でがんばったところ、モータ車ではあるがただ1つ空いていたシート端に座ることができた。
人の波はほとんど改札に向かっていて、ゆっくり1番ホームまで来た人も席にはありつけている。
ここからは寝過ごしが激しく怖いので、念のため京ぽんのアラームをセットするが、結局各駅間ではうとうとしたものの、駅ごとに目覚めたため不要であった。
石越では明日乗るくりはら田園鉄道の気動車を横目に。一ノ関から乗っていた高校生たちは花泉で大部分が降りたが、一部はここ石越まで乗っていた。というかそれって越県通学ということ? このあたり、岩手県・宮城県の制度が気になるところだ。
念のため梅ヶ沢到着直前にトイレをすまし、すぐに下車。
梅ヶ沢 うめがさわ 東日本旅客鉄道 東北本線 宮城県登米郡迫町(現登米市)
さすがかつての大幹線上の駅だけあってリッパな構内だが、駅舎はかわいらしく建て替えられている。
この駅の周囲に何かないかな、と事前にぐぐっていたのだが、その中で「周りになにもない駅だ」と紹介しているページがあった。とんでもない! 駅前には商店が2つもあるし、家も普通にたくさんある。そして駅前集落を離れれば、そこには鳥のさえずり、虫たちやカエルの鳴き声しかない、とても静かな湿地と、田んぼとが渾然一体となった不思議な空間が広がっている。
少し先まで行くと、ラムサール条約に登録されている沼がいくつかある迫町。最寄り駅はどちらかというと新田なのだが、このあたりにはぜひ改めて来てみたい、と思わずにはいられなかった。
それにしても小動物たちがにぎやかだ。本吉あたりは自然は同じようにたくさんあったのに、雨上がりなのにミミズの数がすごく少なかった。思うに、かなり農地が広がっているというか、農地にできるところはほとんど農地にしている本吉は、農薬のせいでその種の虫たちが少ないのかも知れない。いや、おおはずれかもしれないが。単に海の近くだからかもしれないが。
もちろん私は、そういう農薬の利用はイクナイ! と、生活もかかっていないのに無責任に騒ぐことはしたくない。が、やはりこういう自然環境は大切にしなければ、とも強く思うのであった。そのために自分にできることはほとんどないのだけれど…
梅ヶ沢では、やはり待合室側のホームから、発車の少し前にやってきたおじさんと2人で乗り込み。後ろの車両のシート端が空いていたので、モーター車ではあるけれど、どころかその真上の席ではあるけれど、そちらに行って着席した。ちなみに1両めはほぼ満席。どこかに出かけて、それから帰る人が多いのだろうか。
次の瀬峰あたりからもう薄暗くなってきて、いよいよ夜になろうというところ。私の脳内はもう温泉でいっぱいで、あまり眠くない状態である。ただ、黒湯はすごく体力を使う、真剣勝負のお湯らしいので(ってなんだそりゃ)、できれば入る前に最低限の精はつけておきたい。小牛田での接続が悪いこともあり、ちと腹ごしらえでもしようかな、と考えながら過ごす。
小牛田では前に2両増結する、とのことだが、ホームに着いてもドアは一向に開かない。じもてぃは手馴れたものでみなさん座席から動かない。連結作業が完全に終わって、ようやく開いたドアからは、隣の南三陸4号に乗り換えるお客さんがドッと走り出した。私はそれを尻目に跨線橋を通って改札へ。
思わず有人改札から出ようとしたが、ツーデーパスは自動改札対応。すっかり忘れていた。(^^;;)
そして駅前に出てみてあらびっくり! 駅前にコンビニどころか、商店もほとんどないのである!
さすが鉄道の街として発達しただけあり、駅の規模に比して市街がコンパクトだ。
これで食糧補給の道は絶たれた。少し歩けばありつけるのかもしれないが、待ち時間はそう長くもないのであっさりあきらめ、待合室でぼけーっとしていた。がそれにもすぐ飽き、自動改札だからいいや、ということでおもむろに18時ちょうどにふたたび入場。ホームのKIOSKはまだ営業していたが、これといって食欲をそそられるものもなく、購入をあきらめてホーム上の待合室に。ここで紹介?したコンセントは確かに空いていたが、今のところ充電すべき機材はないのでそのままスルー。
ホームや待合室には既に高校生が多数待っている。これだとボックス確保はムリかもしれない。ただ、鳴子まで帰る高校生もそう多くはないだろうから、じきに座れることにはなるだろうが。
ほどなくホームにアナウンスが入るが、「なるごおんせん」と駅員さん。いや、現駅名は「なるこおんせん」と濁らない。改称前は「なるご」だったのでつい間違えてしまったのだと思われる。ということはベテランの駅員さんかも知れない(遠隔放送なので属性はホームからではわからない)。
入線は折り返しなので18時11分、ということで10分にドア口の前に立つ。高校生たちはほとんどが1両め狙いでこちらの列は短い。そして無事、2両めの4人ボックスを確保できたのであった。
2両めにも高校生は浸食していたが、それでもだいぶん余裕がある。
私の方は、間違っても新庄まで行ってしまわないよう、寝てしまったときの対策はきちんとやっておかねばなるまい。ということでふたたび京ぽんをセットし、あろうことかボックス完全占拠お休みタイムに突入…
目覚めたのは岩出山、高校生はまだかなり乗っていて騒がしい。もしかすると鳴子温泉まで立派な通学圏なのかもしれない。とすれば列車数のかなりの多さの理由もおのずとわかるところだが…
外は真っ暗。景色はまったくわからないが、この区間は明日朝にも乗車するので景色はそこで堪能としたい。
定刻に川渡温泉着、これで一応陸羽東西全線に完乗だが暗闇の中なので実感はない。ただ、川渡温泉駅にはもちろん強い見覚えがある。
ここで高校生たちはほとんど下車。駅前にはおそらく親御さんたちが迎えにきた車が多数。なかなかすごい光景だった。
そしていよいよ!鳴子御殿湯到着。ここで降りたのはほとんど湯治客のようなフンイキだった。委託駅だがこの時間帯は無人、よってあまりに簡易な夜間通用口から直接外に出た。
高鳴る胸を抑えつつ、高友旅館の方に向かう。そして見つけ、思ったよりこぎれいで(失礼)、これなら十二分に快適そうだ、と直感。しかしまずは通り過ぎ、その先のサンクスに入り、お買い物。なにせ湯治部に泊まるのでお湯は沸かし放題。なら食事はカップ麺に決まったよう名ものである(なんでそうなる)。
他にもついうっかり持って来忘れた(温泉行く人間として失格)タオルや、ウーロン茶他のアイテムをたっぷり購入、いざ入館。
ここで誤解なきよう、いわゆる「湯治宿」のシステムについて述べておかねばならない。
湯治宿の基本は、「長期滞在の受け入れ」である。これが歴史的にすたれてしまった地域も含め、その存在理由の根本はあくまでも長期滞在にあることを念頭に置いておこう。
湯治宿では、提供されるサービスの基本は、「部屋の使用権」と「入浴権」の2つだけである。 よって、浴衣・タオル・バスタオルなどのアメニティはもちろんのこと、元来はフトン・マクラ・ザブトンすらも提供されないし、滞在中の部屋の掃除もない。ただしさすがに、寝具などについては、中山平温泉以外の鳴子温泉郷では基本料金に含まれているところが多い。また場合によっては浴衣などがサービスでつくところもある。
一方、自炊の設備はほとんどの場合、整っている。ただしそれが室内に個別に存在するか、共用のものになっているかは宿によりまちまちである。冷蔵庫や電子レンジも、共用を含めればほとんどの宿で利用可能である。また熱源としてのガスが、無料・有料の別はあるが、利用可能である。鍋・食器・食器洗いグッズなどは占有または共用可能なところが多いが、「箸だけがない」という宿も、私は鳴子温泉で複数知っているので注意が必要である。
まぁ、要するに「知人の家に泊まるような感覚」=「どんなサービスがあるのかについて何の仮定も置くことができない」という前提で、事前に確認できることはしておいたほうがよい、ということである。笑
まずはフロント、と書いてしまったが、昔ながらの受付で宿帳記入。性別欄には当然どちらにもマルをつけず。その後おばさんが重い荷物を1つ持って運んでくれた。おばさんはなぜか女湯や女性専用時間帯の話ばかり教えてくれたのだが、なぜだろう(ってだからなぜだろうじゃねーよ>じぶん)
本来は3人くらいで泊まる部屋なのだが、2人利用時の5割り増しくらいのお代で1人でも泊まれる。
中にはキッチンや食器などひととおりそろっていて、きわめて簡易ではあるけど鍵もかけられる。すばらしい。
とこのときは感じたが、正直、高友旅館の自炊部1人泊のお代は、鳴子温泉郷の「相場」からすれば異様なほどにお高い。
といっても、1人1泊で6160円。後述する4種類の湯に浸かり放題、キッチン自室にアリ、という条件からすれば、ニッポンのスタンダードからして十分安いのだが、こと鳴子にあっては、これは考えられないほどの高値でもある。
まぁこれも、黒湯の「有名税」みたいなものだ、と思えば納得もできるのだが。
なお2人以上泊だと、まぁそこまでは高くないお代になる。これも全国水準からすればとりたてて何ということもないことだが、鳴子のスタンダードは「1人泊でもお代は変わらない」だったりもする。(^^;;)
さて、この後の体験については、→温泉blogのレポートにて詳しく記述済であるのでそちらをご覧いただくとして、こちらでは同じ画像によるダイジェスト版を紹介させていただく。
いや、これだけの4種の湯を堪能できる、本当にすばらしいお宿、高友旅館!
本当に来てよかった、と感涙する私であった…
その後は自室で、この様子を熱く語るべく、画像をレタッチしたりblogやにっきを書いたり親友とメッセで語らったり。そうやってノーパソを操作する指から、ゴム&硫黄臭が香り立ってくる。くぅ〜シアワセ♪
そんな作業、当然ながらくつろいで呑みつつやっていたのだが、この濃いお湯でそれはかなりヤヴァいとは分かりつつ、そうしているうちにまた入りたくなってしまった!
のでここは本能の赴くままにふたたび黒湯へと進撃。やはり先客がいたがすぐに出て行ってしまい独占。黒湯もプールも、先ほどよりは若干湯温が高くなっていたがまだまだ入れるレベル。香ばしい香りに包まれ、ふたたび幸せな気分になることができた。
そして小雨が降りしきり、トタン屋根をつつく音をリズムに、26時前に眠りについた私だった…
摘 要 | 支出金額 |
---|---|
吉野家 豚丼 並盛 |
320 |
吉野家 生野菜サラダ | 90 |
黄金ツーデー・パス | 1750 |
緑茶濃い味500ml | 147 |
カルビー素材めぐりオニオンリングあじわい塩味 |
84 |
カルピスウォーター500ml | 150 |
ラベットラピッツァポモドーロ(パン) |
125 |
明星ドカエもんカレーうどん | 187 |
エースコックスーパーカップ 豚キムチ | 176 |
エルビー烏龍茶1000ml×2 | 206 |
宝っ子カップ25°220ml | 203 |
DHCマルチビタミン15p | 262 |
タオル | 275 |
今日の小計 | 3975 |
今日までの米沢泉美 全駅制覇累計 | 521098 |
今日までの総プロジェクト累計 | 730592 |
ここでいう支出では、前売りの乗車券類の購入など、 本旅行中で後日行使するきっぷの購入は計上しません。そのかわり、 前もって買っておいたきっぷの行使は計上します。また、青春18きっぷ等の「複数人日分乗り放題となるきっぷ」については、1人日分の値段を計上します。割り切れない場合は、1円未満の端数分を初回行使分に上乗せします。