通 番 |
発 駅 | 時刻 | 列 車 | 時刻 | 着 駅 | 制 覇 |
---|---|---|---|---|---|---|
377 | 鳴子御殿湯 | 8:41 | 普通 1730D | 9:41 | 小牛田 | |
378 | 小牛田 | 9:45 | 快速 3920D | 10:19 | 仙 台 | |
379 | 仙 台 | 10:31 | 仙台市交通局 75 | 10:43 | 富 沢 | 富 沢 |
380 | 富 沢 | 11:56 | 仙台市交通局 108 | 12:08 | 仙 台 | |
381 | 仙 台 | 12:40 | 普通 535M | 14:01 | 石 越 | |
382 | 石 越 | 14:12 | くりはら田園鉄道 13 | 14:56 | 細倉マインパーク前 | |
383 | 細倉マインパーク前 | 15:04 | くりはら田園鉄道 16 | 15:08 | 鴬沢工業高校前 | 鴬沢工業高校前 |
385 | 鴬 沢 | 16:14 | くりはら田園鉄道 18 | 16:35 | 沢 辺 | 鴬 沢 沢 辺 |
386 | 沢辺駅前 | 16:50 | 宮交栗原バス 栗夢号しゃとる | 17:05 | くりこま高原駅前 | |
387 | くりこま高原 | 17:26 | 新幹線 64B | 17:36 | 古 川 | |
388 | 古 川 | 17:43 | 普通 1741D | 18:26 | 鳴子御殿湯 | |
389 | 鳴子御殿湯 | 20:20 | 普通 1746D | 21:16 | 小牛田 | |
390 | 小牛田 | 21:44 | 普通 550M | 22:29 | 仙 台 | |
391 | 仙台駅前 | 23:30 | 東北急行バス 仙台線 8便 | 5:03 | 東京駅八重洲通り | |
米沢泉美 全駅制覇 48日目 小計 | 4駅 | |||||
米沢泉美 全駅制覇 今日までの累計 | 146駅 |
短いながらも相当ぐっすり眠れた東鳴子の朝。これぞ黒湯の実力だろう。昨晩遅くにも入ったということで7時半にセットしてあった京ぽんのアラームでシャキッと起床。メールの受信をし終えたらソッコーで朝の黒湯へ。
これまでにも何度か登場した「京ぽん」という符牒は「京セラ製のAir H" Phone」の略称。Operaブラウザを搭載し、普通のUSBケーブルでモバイルも給電もできるというすぐれもの。アラーム、というか着信音にGM対応のMIDIファイルをそのまま使えるため、私はライブ用に打ち込んだ、マイナーなアイドル名曲を転送し使っている。ちなみに今回使ったのはKEY WEST CLUBとかいう、中谷美紀という人が高校生時代にやっていた2人組アイドルのデビュー曲「お誂え向きのDestiny」。最近、辻加護がカバーしたことで一般のアイドルファンにも知られることとなった名曲である。笑
またまたまたまた先客が1人いたが、これまたすぐ出て行きやはり独占。意外にも湯温は昨晩遅くとほとんど変わらず。今朝はかなり冷え込んでいたので若干冷めていっていたのかもしれない。朝だからわかる、半透明な湯の中には無数の白い湯の華。調子に乗って何度かに分け、総計10分くらい浸かっていたら湯あたり寸前になってしまい(笑)、フラフラになりながら部屋に戻った。
お湯(これは水道水だ、笑)をやかんで沸かして作ったカップ麺をすすり、お部屋のお片づけをしてからチェックアウト。心から感謝の言葉を述べ、旅館を後にした。いやーよかった。ここにはまた絶対に来る。絶対にだ。そのためだけにでも日々の仕事はがんばらねばなるまい。いやまじで。
朝の鳴子御殿湯駅は8時から委託業務開始。真新しい立派な木造駅舎の中で、8月にも見かけたおねえさま(だから私よりは若いってばたぶん)がマルスできっぷを売っているが、私は今日もツーデー・パス行使なので売り上げには貢献できず…
私の他に乗ったのは高友旅館前から併走した女子高生1人。車内は1つを除いて全ボックスが埋まっていて、明らかに旅行客と思える人たちもちらほら。さすが陸羽東線。私は2両めにあったその残り1つ、2人ボックスを確保、やはり指間から香り立つ黒湯の臭いにひとりごちながらの移動である。でもこれ、周囲から見たらかなり妙な光景だったろうなぁ…なにせ、指をクンクン嗅いでニンマリ〜、というのを繰り返していたのだから…笑
川渡温泉を抜けると、そこからは昨晩景色が見れなかった区間。のどかな、山間にしてはひらけた田園風景が広がる、山形県&県境付近の既乗区間とはやや違う感じだ。
池月で交換待ち。時刻表を見ていなかった私が悪いが、やってきたのはなぜか国鉄色の気動車! あっそーか、仙台−酒田間を陸羽東西線経由で走破する「なつかしのもがみ号」でつな。全車指定席だが8割くらいは乗っていて、「やっぱりリバイバル列車は人気があるのねぇ」と率直に思った。
有備館−岩出山間はやたら駅間が短いが、その間ずっと、両側に住宅が広がっていた。もうこのあたりは仙台通勤圏? いやそんなこともないか…でも岩出山からはかなりのお客さんが乗ってきて、車内はにぎやかに。岩出山から先はさすがに田園風景に戻ったが、それでも農家ではなさそうな住宅の数もぽつりぽつりと固まって見えている。そんな感じは西大崎、東大崎といった駅でも続いている。そういえば今、このあたりはかなりこじれている合併協議で話題となっていたが、当初案どおりだと、古川市から鳴子町までがぜーんぶ大崎市っていう名前になる設定なんだっけか。
古川では大半の乗客が下車、そしてそれなりに多い数の乗車、車内はかなり入れ替わった。鳴子温泉も、東北新幹線との組み合わせで利用されているのだなぁ、と思う。
終点小牛田、これにて陸羽東線完乗。こちら側からアプローチしながら改めて眺めて、小牛田は改めて「小さな街だなぁ」と認識。やっぱり鉄道の街なのだな、ここは。
ここからは仙台までノンストップ。ツーデーパスではタダ乗りできる指定席(無論、事前の指定券発行は必要)にしてみたが、けっこう混んでいる。ボロとはいえリクライニングし、テーブルもついているこの車両で確実に座っていきたい人がこうして510円を投じているわけだ。ちなみにこれ、昨日沢田駅に行くときに石巻線で乗った車両。この旅行で3度も乗ってしまったわけだ。
発車してすぐに検札。増収に必死なJR東日本…じゃなくてルール上当然の処理ではあるのだが。
鹿島台を過ぎてふと横(海側)を見ると、併走する用水路にサギの姿がちらほら。サギってワタクシ的にはかわいいのかどうか微妙なんだけど、でもなんかワクワク感はすごく感じるのよね。
このあたりの水路、いろいろな歴史があるらしい。「吉田川 水路 宮城」や「吉田川 水路 東北本線」でぐぐるべし。
松島からは、昨日とは逆に東北本線側から仙石線側を眺められた。陸前浜田もいつもの眺めで、乗り慣れている方の認識に脳内が戻された。笑
その後は少しうとうとしてしまい、気づいたら東仙台。仙台のホームに差し掛かったところで席を立ちドアへ向かった。自由席はかなりの混雑で、あぁありがとうツーデーパス状態である。
ホームから階段を降りて地下南口改札を出、エスパル、ロフトを経由してエスカレータを降りて地下鉄改札。富沢まで片道290円、これじゃ単純往復だけでも休日用1日乗車券とほとんど変わりがないよ。
さらにエスカレータを降りて、ホームに達したのはJRを降りてから10分後。ほぼ予定通りである。
しばらく待ってからやってきた電車に乗車し、1両め最前車端確保。といっても運転室のと間のガラスにはすべてブラックフィルムが貼られていて、目を凝らさないと前方参照はできない。ただし目を凝らしても見えるのはトンネル内の照明だけなのだが。
そこそこ乗っていたがほぼ全員が仙台で下車、代わりに若干の人が乗り込んだ感じで、この時間帯は上下線とも仙台に誘引される状況な模様。そしてその若干の人たちも終点の1つ手前の長町南で下車、1編成内になんと3人!
終点富沢は地上駅で、そのため途中から前方が明るくなるが…よく見ると人の頭。
そだそだ、仙台市営地下鉄は運転席が右寄りにあるんだった。幽霊かと一瞬思ってしまってびっくりだった。汗
とまれ、これにて仙台市営地下鉄は現時点において全線完乗である。
富沢 とみさわ 仙台市交通局 南北線 宮城県仙台市太白区
車庫のために一応駅作りました、という感じの、地下鉄なのに高架駅。もちろんマンションなど立ち並んでいるので、ここまでさみしげなのは休日だからだろうけど。
しかし雨が一向に止まない。昨日は、「明日は雨降らない」って予報だったのに…ちっともあたってないよ!!
構内はともかく、周辺の撮影は、大粒の雨なのでかなりカメラを濡らしつつのものとなった。
撮影している合間に、モスグリーンなマイクロバスがやってきた。まさに、これから乗る連絡バスである。
マニア様お1人が下車し、入れ替わりで私1人だけ乗車し、すぐに発車した。時に10時58分。
一応このバス、ダイヤがあるようでないようなもの、乗客がいれば随時運転されるようである。
車内無言のまま、3分ほどで無事到着すると、外にトランシーバを持った、いかにも定年後といった感じのおじさんが「いらっしゃいませ」と声を掛けてきた。ここを運営しているのは市の天下り用財団法人なので、そこの人かもしれない。
…って、ここまで、何の「連絡バス」なのか、ちっとも記述していなかった。正直スマンカッタ。笑
というわけで、やってきたのは、地下鉄の富沢車両基地に併設されている、仙台市電保存館である。
とまぁざっと大モノの展示を見た後、車両への執着がほとんどない私としては、地図やら廃止前後に関する資料やらをずっと見ていたのだが、先ほどのおじさんが突然話し掛けてきた。「お客さん、さっきバスで来たよね? 帰るとき声掛けてください。無線でバス呼びますから」。やはり随時運行のようだ。「ありがとうございます」とお礼を述べ、その後廃止直前のドキュメンタリービデオ(職場密着モノだが、この種のにありがちなパターンで、労働組合側の主張も痕跡もなにも描かれていない、苦笑)を見終えてからバスをお願いした。
途中で、横にある富沢車両基地の中をピーピング。
立ち入りできるところから見る限りでは電車の留置は1本もなかったが、仙台市営地下鉄の兵站部を見学できたこと、そしてなにより市電の資料を見ることができたことに、満足度高し。(^o^)
帰りのバスはもちろん同じ運転手さんだったのだが、いきなり「お客さん、どこから来たの?」とたずねられた。「東京です」とお返事すると、「これから仙台市内回るなら、600円で一日乗れるるーぷる仙台バスがいいよ。いろんなとこまわって30分ごとに走ってるから。ここまではこないんだけどさ。昔は観光バスだったんだよ」等々、立て板に水で説明された。まままさかここから税金の無駄遣いといわれるくりはら田園鉄道に乗りに行くんです、とは言えず、つい愛想良く「ありがとうございます」とお礼を述べてしまった。
後日調べたところによると、この時期の土日は30分間隔ではなく20分間隔の運行のようである。^^;;
さすがに仙台に行く人はいるわけで、今度はこの富沢からでも1両に7〜8人は乗っている。なんとなく、3両めの車端に着席。
長町南ではさらに乗車があり、ロングシートはどこも4〜5人腰掛けている状況。この後も当然降りる人は少なく、仙台に向けてどんどん人が増えていった。
予定より早く仙台に戻ってきたので、意味もなく、あおば通駅付近を冷やかしに行くことにして、東西自由通路まで出る。…と、ここで気づいたのは、
仙台では、エスカレータ駆け登りは左側
という慣習である。東京は右、京都は右、大阪は左だが、仙台は左だったのか。
東西自由通路を左に折れるとすぐあおば通駅。純然たる地下鉄のくせに1時間に3本しか走らないローカル線だが、KIOSKもみどりの窓口もあるようだ。そして地下道を歩く人たちのなりは、完全に都会のそれである。というか逆で、運転頻度だけが例外的にローカル線、ということなのだろう。
この短い区間も、2005年7月にようやく完乗できた。
その後、要するにJR1駅分歩くということなのだが(笑)、自由通路をまっすぐ東に向かい、途中エスパルに入って、先ほどと同じく地下南口から入場し、1番ホームに上がる。
その際に掲示を確認したが、これから乗るのはどうも6連らしい。ということは、一ノ関行なのでおそらく後ろ4両は小牛田で切り離しと思われる。ということで、いったんお茶を売店で購入した後、前2両を狙おうとしたのだが…
なぜか、1両めだけに長蛇の列ができている。
なぜだ?? じもてぃなのに、701系は2連が原則で、仙台方にモータなし車が来るので静かだ、ということを知らないのか?(普通知りません) というか、それ以前にこの人たち、小牛田より先に行くのか??(これは多分行かないと思う)
などと疑問を覚えつつもちゃっかり2両めに並ぶ。そして確実に、モータなしクハ車のシート端を確保することができたのであった。
そしてその一方で、私は悪魔のささやきを感じていたのである。駅攻略は予定通り済ますとしても、その後、仙台で無為な夜を過ごしてよいのか? と。笑
発車まで時間があるので、とりあえずメールチェックをしよう、ということで愛機LOOXをスタンバイから復帰させる。
だがしかし…なんと、
バックライトがつかない!!!!
実は以前から、たまにこういうことがあった。しかしこれまでは、何度かスタンバイ→復帰を繰り返すと直ったのだ。今回はそれをやってもだめ。OSをリブートしてもだめだ。
ついに壊れたか…光の方向を工夫して、目を皿のようにすればかろうじて見ることができるので、メールチェックだけでもなんとかしようとがんばっているうちに出発した。なお、1番ホームはたまにPHSの電波が悪くなることをここに報告しておきたい。(苦笑)
ふと見渡すと、6両すべてにわたり、座席はほぼ満席で立ちが若干、という感じになっていた。ただすぐ次の東仙台で早くも立ち客はほぼいなくなり、その後も徐々に減っていく感じだった。
しかし目が疲れる。そして、かなり気持ちが悪くなってきてしまった。
そんなわけで、パソコンを閉じ、目を閉じておくことにした。まぁそうすると列車の心地よい揺れで寝てしまうわけで、気づいたらもう小牛田、そして切り離し作業をしている真っ最中だった。
当然後ろ4両からは全員下車だが、前2両からも結局半数以上が下車し、スカスカになった。
その後同じホームの反対側に石巻線の列車が到着。そしてドアが開き、何人かが乗り換えてきた。
…はっ、これ、
そう、その時は、同じ番線で前2両・後ろ4両で逆向きの列車になっていたのにいたく感動し、「これはここまで来た列車が切り離されたのでは?」と予想したわけだが、事実はまったくそのとおりだったというわけ。ちょっと気分がよいな。はっはっは。笑
そしてその時はまさにこの2両に乗り、花泉に向かったのだ。今回はその2つ前の石越まで乗るのである。
途中の瀬峰で、これまで何回も通過していたにもかかわらず、今回初めて「あ、ここ、仙北鉄道通ってたんじゃん」と思う。って、単に市電保存館で地図を見たので急遽脳内に知覚が浮上しただけなのだが。
そろそろ石越は近い。この後、トイレ飢饉になる可能性も考えられたのでここでトイレに行っておく。そして出たところでちょうど、昨日来た梅ヶ沢だった。そこを出れば、昨日夕方に散策した道の真横。昨日を思わず思い出してしまう。次の新田は迫町の中心だけありけっこうの数の乗客が下車。町並みも含め、確かに梅ヶ沢よりはさらに拓けてはいるよなぁ、とも感じてしまう。
そして石越。ここでも若干の降客があった。私も下車。
ここでくりはら田園鉄道に乗り換えである。
だがしかし…
噂には聞いてはいたのだが……
もともとここ、「くりでん」こと栗原電鉄は、細倉鉱山からの貨物輸送のために造られた鉄道で、当然、貨車を国鉄に連絡運輸するためのわたり線があったのだが、今ではそれも撤去されている。というか、愛称こそ今でも「くりでん」だが、その正式名称はくりはら田園鉄道、つまり「電」の字が消滅し、すなわち電化廃止という数少ない合理化策が採られているのである。しかしその「努力」も空しく(いや、「努力」なのかどうかははなはだ怪しいが)、2007年4月の廃止が予定されている。
いやはや、この、想像以上に厳しい現実を、早々に突き立てられることとなった。
そして列車は定刻に出発するが…
この状態、一見しただけで先日の津山近辺よりさらにヤヴァそうである。
ここは元々、細倉銅山の輸送路としてつくられた鉄道である。そして銅山が閉山した後、存続のため3セク化されたが、コスト削減のため電化を廃止し、気動車運転にしてしまっている。もちろん現在でも、肥薩おれんじ鉄道が同様の理由で気動車化されている例はあるのだが、こちらではJR貨物のために電化設備は残されている。一方くりでんは一切が廃止され、かつ、電化用設備はほとんど撤去されていない。撤去するコストすら惜しんでいるのである。
結局、乗客は私だけ。大井川鐵道のとき以来である。そして、大井川鐵道は関西電力からの損失補填が確約されているのだが、こちらは税金で補填である。実に厳しい。
2駅めの若柳には本社と車庫がある。そしてタブレット交換も行われる。ここから先はスタフではなく正式な通票閉塞、そして腕木式信号機である。
車庫には 2軸レールバスや電車の廃車体がゴロゴロ。この光景、どこかで見たことがある。そう、津軽鉄道だ。
沿線光景は田んぼを中心に畑や牧草地もありのどかな感じで、津鉄と似た雰囲気。一方で人家も農村としてはそれなりに多く、かつ特定の集落だけにごっそり固まっているわけでもなくて、これは津鉄より有利な条件だろう。
なのに、地元客が平時でも利用する津鉄に対し、ここまで閑散なくりでん。
大岡の手前で東北新幹線とアンダクロス。このあたりは架線も残っているが、そのたるんだ架線にカラスが止まり、列車が近づいても逃げようともしない。
次の沢辺は後ほど攻略。現役の交換駅だ。そしてここでようやく私以外のはじめてのお客さん。おばさんが1人乗り込んできた。
津久毛は交換廃止駅、杉橋はひっくり返りそうな急カーブのすぐ先に作られた駅。そして栗駒は交換駅で、さらにおばさんが1人乗車。これで車内は運転手さんを入れて4人。にぎやかだ(寂)。なぜかバス会社の本社が入っているが、これは元々栗原電鉄が営業していたバス部門が分離されたためにここにあるらしい。交換駅なのでタブレット交換があるが、現在、片側の線路はさびついていて、実際にここでは交換は行われていないようだ。
お次の栗原田町は、私の知識でははじめから停留所扱いのはずだが、明らかに有人駅ぽい雰囲気で、駅の手前には電化時代の変電所と宿舎らしき建物が廃墟となっていた。ここで沢辺からのおばさんが下車、乗客は私ともう1人に。結局この2人が終点まで乗っている。
鴬沢も交換設備が廃止され、駅舎も撤去されているような感じ。後ほど攻略するのでじっくり調べよう。お次の鴬沢工業高校前、線内での通称「鶯工前」あたりからは人家はあるのだが農地はグッと減ってきた。アップダウンやS字カーブなど、このクラスの鉄道にとっては難所が続く。
最後はかつての旅客の終点、細倉駅跡、といってもホームから駅舎から駅標まできちんと残っている(駅舎は別の会社の事務所となっている)のを横目に見つつ、200m近く先に新設された細倉マインパーク前、線内での通称「細倉(マ)」に入り込み、車止めぎりぎりまで寄せて終点。
運転手さんに「折り返し乗りますから」と運賃を支払いながら申告したのだが、運転手さん、何を思ったか、私が下車していないのにドアを閉めてしまった。運転手さんが反対側の運転室に移動するまで、所在なさげに立ち尽くす私を見て、これから乗ろうとして「ちょっと待っててね」と制止されたおばちゃん2人が笑っている。あー笑われちゃった。^^;;
折り返しの準備もできたようてドアが開いたので、一応駅舎などを撮影してみる。
静態保存の電機+貨車+その他もろもろ、そこまではいいのだが…
やはり、もう少しやり方があるのでは、と、強く思わずにはいられない…
先ほど待っていたおばちゃん2人を乗せ、計4人で石越行は出発。
しかしよく考えると、せっかく駅を廃止して(その廃止した駅を観光資源化していないのも問題)、延長したのに、その終点の位置があまりに中途半端すぎやしないか。リアルにマインパークの入口まで延ばして、それこそ上部軌道と下部軌道、専用鉄道と坑内鉄道、みたいな対比で乗り換えさせるだけでも、観光の目玉になるというのに…
しかし、そんな、ただの鉄ヲタ1匹の感想など虫けらのように無視されるという民主主義的原則のもとに(ってわけじゃないと思うが)、先ほどあえぎながら登ってきた鉄路をノロノロと引き返し、1駅でこの線最初の攻略対象駅、鶯工前である。
私と入れ替わりに1人、乗客があった模様。
鴬沢工業高校前 うぐいすざわこうぎょうこうこうまえ くりはら田園鉄道 くりはら田園鉄道線 宮城県栗原郡鴬沢町(現栗原市)
元「駒場」駅。この改名により、全国の鉄道駅中で読みの長さが5位になった。名前としては他の長名駅よりはるかに普通で必然性もあるものなのだが、
それをアピールすることなど絶無
であるくりでんには、ほとほと参ったするしかないのである…
…とはいいつつ、実はその高校まではそれなりの距離があり、「前」とはなかなか言いづらい状況ではあることが現場で判明。笑
しかし、改めて書くが、こりゃ「全国5位」の地位が泣いてるぞ…涙
ここからは徒歩移動。だいたい道のりで2.7kmである。
まずは西口(笑)を降りて踏切を渡り、近くの国道に出る。ここをずっと東に歩いていけば、鶯沢駅の近くに出るはずである。
道路の沿線もド田舎というわけではなく、いきなり出くわすソニー宮城(株)の事務所をはじめ大きな建物も散在、田んぼの間に人家はかなりの頻度で存在する。時折高速で通り過ぎる車をよけながら、徐々に鴬沢に近づいていく。町民体育館や老人憩いの家といったありがちな建物を過ぎしばらくいくと今度は駐在所と郵便局。あーこりゃもうすぐだ、と思ったところで川が流れていた。そして…
後日調べたところによると、これは橋のたもとの商店の主が餌付けしているものらしい。
思わず足を留めてしまったが、その橋を渡るとすぐ、左手に鴬沢町役場が見え、その奥に「乗って残そう…」というおなじみの看板が小さく見える。そこが鶯沢駅だ。
鴬沢 うぐいすざわ くりはら田園鉄道 くりはら田園鉄道線 宮城県栗原郡鴬沢町(現栗原市)
元交換駅。明らかに、駅舎があったことが誰にでもわかるつくりである。
ここは元交換駅なので違うフォーマット。駅舎を取り壊して新たにホーム上に作った待合室はご覧のとおり、ホームの幅をヤウ゛ァいくらい縮めてます。ちなみにここ通らないと細倉方面の列車には乗れません。黄色いブロックの意味があるのか??
そして、途中からフト気づいて観察を始めた路盤だが…
こここ、この枕木は…
枕木がほとんど朽ち果てていて、ひどいものになると犬釘が意味をなさなくなっている。これが、線路がぐにゃぐにゃに見える原因であることは想像に難くない。廃止方針が規定路線となっていて、それで最低限のメンテナンスすら放棄されているのだろうか…
駅めぐりとしてみれば、そういう光景の1つ1つは「ありがち」の範疇に入るだろう。だが、どうも妙にむなしい気分である…
空はどんよりといやーな天気で雨も降りそう。あぁ、哀しいなぁ…
乗り込んだ列車も乗客はゼロ。そしてさらに厚くなる雲。気分が滅入りっぱなしでちょっと辛いのだが、それでも、当初いくつか考えた案の中で、「これより1本遅い組み合わせで回る」というのをボツにしたのは正解だったな、というのはプラス思考にできた。まぁそれも、月頭の下野大沢での失敗があったから「早め早め」と考えられた結果ではあるのだが。
栗駒では1人、スーツ姿のおじさんが乗り込んできた。4人ボックスの木製テーブル(折りたたみ式)に書類を広げて眺めている。ビジネスでも利用があるのだな、ここから先は私と同じ行程かな、と思ったがそうではなく、沢辺でも下車せずにそのまま乗っていたようだ。
沢辺 さわべ くりはら田園鉄道 くりはら田園鉄道線 宮城県栗原郡金成町(現栗原市)
沢辺では対向列車と交換。私の下車と入れ代わりで、赤ん坊を抱いたおじいちゃんが乗ってきた。
対向列車にはおばさん2人が乗っており、プラス、駅舎からやや遠いホームに慌てながら走ってきたおにいさんが乗り込んでいた。いや、タブレット閉塞なので物証が来ない限り発車しないわけであわてなくてよいのだが、一般人はそこまで見てないか。^^;;
いやしかし、ここはすばらしい!
骨董モノの木造駅舎が健在。しかもタブレット現役、転轍機現役というすばらしい駅である。
金成(かんなり)町の中心駅で、近くにはゲンジボタル生息地もあるのだが、そちらは今はもちろんシーズンオフ。
…もう、この「フライヤに隠れた閉塞器」を見るにいたって、私の空しさや苦笑は、もはや怒りにまで転化してしまった。
やはり、2ヶ月近く前に乗った津鉄と、ここくりでんを対比してしまう。
多くがなんとかうまくまわっている津鉄に対し、空回り感が否めないくりでん。
やっていることは似ているのに、何か決定的な違いがあるように思えてくる。
1つすぐに思いつくことは、津鉄には「斜陽館」というカンバン観光名所があることか。マインパークがあるではないか、と言われそうだが、インダストリアルものと文学ものは誘引力がまるで違う。津鉄にはそれがあるからこそ、他のさまざまな施策がリンクするのだ、というのはあるかもしれない。
ただ、そういうハンデはあったとしても、それ以上の差異が確実にある。
例えば、津鉄のストーブ列車はまだわかるが、風鈴電車なんて詐欺寸前だ(笑)。でもそれが許される、コーポレートイメージが津鉄にはある。くりでんは、それこそマインパークの777m坑道のような、どっかの誇大広告坑道(苦笑)と違う「ホンモノ」だって持っているのにそれをほとんど活かせていない。通票閉塞だってそうだ。あの「チンチン」という機械(=タブレット閉塞機)を、待合室からよく覗けるように、広告の貼る場所を変えてみる、というような、ちょっと考えればすぐできそうなことが行われていない。静態保存についても、変電所もそうだ。
…うーむ、なんだかすごく哀しくなってきた…
乗りたかった鉄道にはじめて乗れたのにこの感覚。とてもやるせない。
あくまでも、データや考察を含まない直感に過ぎないのだが、1つ、「お役所が絡むとろくなことにならん」という感想は強く持ってはいる。このあたりいずれきちんと考えてはいきたいところだ。
さて、本当はこの駅で1時間休憩し、その後なぜか石巻方面に向かう、というのが当初の予定だった。だがしかし、既に今回の駅めぐりをすべて完遂した私の心は東鳴子に向かっている(笑)。以前、いろいろ検討した時点で、この後ここから新幹線に乗れば、十分温泉を堪能できることはわかっているのである。
まして、ここまでのこのくりでんの惨状。それに対し、どうすることもできない私は、やっぱりこの場から逃れたくもあったのである。(u_u)
というわけで、味のある駅舎に名残り惜しくありつつも、駅前にやってきた妙なバスに乗り込んだ。
当然、乗客は私1人。最先端がっつきシートに座るが、だがしかしこのバス、前部乗降口にも妙なデコレーションがあり、眺望はあまりよくない。
このバス、どうやら全区間が自由乗降区間、つまり、運転手さんに声を掛ければどこでも降りられるし、また道端からタクシーのように挙手をすればどこからでも乗れる、というシステムのようである。それだけ、整理券区間はきめ細かく分かれており(そうすることで、1つ挟んで3区間にぎりぎりまたがってしまうようなケースでの運賃の急激な増加を抑えられるのではないかと思われ)、自動案内放送がめまぐるしく流れていく。が車内には私だけ、夕暮れ時の道端には誰もいない。
カーブも多く、またけっこう危なそうなところでも信号がないため一時停止を頻繁に行い、揺れる車体。こんな状況では、バックライトなしのLOOXでのメモは到底不可能。よってこの部分は紙メモなのだが、その紙メモももう揺れて揺れて書きづらい。
ただそれも、なぜか、いや意味明瞭に、新幹線の高架が近づいてくると、道は直線となり幅も増え、そして信号機が整備されてくるのである。そしてバスはグングン高架に近づき、その先にくりこま高原駅が見えた。ここでバスは終点。おつかれさまでした。
くりこま高原駅ではまず京ぽんにて記念撮影をしblogに報告を入れ、ただちに自動券売機にて自由席特急券・乗車券を購入した。ちなみに九州新幹線以外の本物の新幹線では、隣駅どうしの自由席特急料金はとても安く設定されている。距離によらない設定であり、実際きっぷにも「特定特急券」と印字されているのだった。
…しかしさすが新幹線の駅、図体はやたらとデカい。
ただし、さすが新幹線駅だけあってか、人は絶えずいる状況である。
とりあえず待合室に荷物を置いてトイレを済ませ、バックライトなしLOOXに紙メモの内容をコピーしてから、自動改札を通ってホームに向かった。
ここは後づけで誕生した駅で、待避線はなく、早い列車はホームの前をびゅんびゅん通過する。そのためホームには安全フェンスがあるのだが、自動ドアは列車が完全に止まる前から開く、という事実を今日はじめて知った私。座り心地がよいはやて号車両、これで座れれば束の間の幸せだなぁ、と思いつつ4号車を探すと、なんと3列側でまるまる空いているところを発見。これは本当にラッキーだ。
この編成の普通車車両には過去2度乗ったことがあるが(なぜかグリーン車にも3度も乗ってるんだよなぁ)、深くリクライニングし、シートピッチの狭さを感じさせない座席はやはりよい。
でも乗ったのはくりこま高原。当初なかったところに作った駅と、開業当初からある駅との間は恐ろしく短く、たった10分でもう古川に着いてしまった!
古川駅のホームにはかなりの人が並んでいる。鳴子温泉みやげを抱えている家族連れもかなり多い。
やっぱり鳴子というのは、「新幹線から1クッションで行ける」というポジションで、このご時世でもなんとかやっているのだなぁ。
そして私は、そんな家族連れたちとはあらゆる意味で逆向きに進む。
エスカレータを降りて出口に向かう。さすが片方がローカル線なだけあり、新幹線から直接在来線に乗り換える改札口は存在していない。残念、もしあったら、今乗ってきた2枚のきっぷと、黄金ツーデーパスを3枚重ねにして入れてみるてすとができたのに。
もし連絡口があったとして、さすがにちゃんと処理されるとは思うが、これらのきっぷをこのように行使する人はよっぽとのマニアしかいないだろう。なにせツーデーパスのフリー区間には新幹線は全く含まれていない。もし含まれていたら特急料金だけでみんな新幹線を利用することとなり、きっぷの趣旨が半減してしまうだろうからそれは已む無しなのだが、しかし並行在来線にはタダで乗れ、かつリゾート列車こがね号の指定席もタダなのだから、このきっぷを持っている人がわざわざ別料金を払って新幹線にちょこっと乗ることはまずないと思われる。
もっとも、新花巻駅などは釜石線のホームはなんと無改札無人駅になっているそうで、それに比べれば有人改札のあるここ古川はまだぜんぜんマトモだと言える。
すぐ横の在来線改札でツーデーパスを提示し、階段で降りた陸羽東線のホームも、列車を待つ人でごった返していた。いろんな年齢層だが若者率が高い。昨日と同じく、川渡温泉までの間で少しずつ減っていくのだろうなぁ、と思いつつ、すぐやってきたキハ110系2連に乗り込み、2両めの2人用ボックスを確保した。
そんなわけでイスに足を伸ばしながら脚を延ばして鳴子御殿湯に向かう。
京ぽんのバッテリがなくなりかけてきたので、LOOXを、単なるUSB給電機として電源オンにして充電。ところが、西古川で横の4人ボックスが空いたため移動しようとすると…なんと、バックライトが突如復活したではないか。
これはめでたい。やはり接触不良なのか、それとも給電系が弱くなっていてタイミングで点灯しづらくなっているのか。よくわからないがとりあえずこれでここまでのメモを整理できる、とばかり夢中でLOOXに向かった。もちろんここまでのメールも受信。陸羽東線はほぼ全線にわたって乗車中でもPHS圏内でありすばらしい。
ここで「走行中のモバイルはマナーとしてどうか」というのは当然考え得る話である。が、最近、母が倒れて救急車で運ばれた(って明らかに北海道旅行の疲れが原因^^;;;;)ときの経験から、PHSについてはそれほど気にすることもないのかな、と考えるようになった。というのも、現場の救急隊員から私にあった電話の発信元が070で始まっていたからである。急病人がいるところ、当然中には体内に機器を埋め込んでいる人もいるかもしれないところでも、PHSは使われているわけだ。これを受けて調べたところ、病院で看護師が所持しているのもPHSらしい。もちろん「PHSだから危険がゼロ」ではないとは思うが、少なくとも列車内で利用する分には特に気をつけなくてもよいのではないか、と考えた次第である。
そしてここで、ちょっとおなかがすいてきた。よく考えると、朝のカップ麺以来固形物を口にしていなかった。これから向かうのは、高友ほどではないにせよやはりガツンと来るタイプらしい田中温泉、ちょっとこの状態では体力的に危険である(笑)。もちろん、この移動の最中は食料を補給する手段はないので我慢するしかない。
車内は徐々に空いてきて、昨日とは違い川渡温泉でもそれほど学生の下車はなかった。というかそもそも私が気づいた時点では学生ぽい乗客があまりいなくなっていた。昨日は土曜日今日は日曜日、高校生の日課は当然違うだろうからそうなっても不思議はない。
そしていよいよ鳴子御殿湯。今日は私以外の下車はじもてぃなおばちゃん1人だった。日曜だしそんなものだろう。
というわけでまずは高友旅館に。笑
別に冷やかしに来たというわけではなく、田中温泉は高友旅館の向かいにあるのだった。
そしてかなり空いてきたおなかを満たすべく、サンクスに向かい、速攻チャージ。サンドイッチとペット茶を購入、サンクスの前でサンドイッチをさっさと食べてしまい、いよいよ18時45分頃、田中温泉へ。
その田中温泉だが…看板だけじゃなく受付?にも電気がついてない。
いや、それは事前情報でわかっていたことなので驚きはしないのだが(笑)、とにかく誰もいない。このまま入ってしまってよいのかどうか激しく悩み、立ちすくんでいたら、後ろから初老のカップルがやってきて「あー、あっちに人がいるよ」と旅籠部を指差してくれた。
お礼を述べてそちらに向かってみる。もちろん、そちらにも電気はついていない。帳場をよく覗き込むと、奥の方で電球が1つだけついていて、その横でテレビがつけっぱなしになっているが、人はいない。「すみませーん」と2度叫んでみる。誰も出てこない。2分くらい待つ。と、奥のほうでゴソゴソと音がした!「すみませーん!」
…反応がない。ゴソゴソ音が止まった。
途方に暮れ、しばし悩む。時間は、東鳴子の湯に長時間漬かることはそもそもできないのでまだ余裕がある。しかしこのまま待って展望が開けるわけでもない。
結局さらに2分くらい悩んだあげく、宿帳(の紙)に「誰もいませんのでここに入浴料置いておきます」と書き、200円をその上に置いた。
…と! ふたたび奥の方でガサゴソと音が。「すみませーん!」
今度はようやく、若い男性が1人出てきた。これが2ch温泉板あたりでうわさになっている若旦那か(^^;;)。「お湯だけいただきたいんですけど…」「あっどーも」という事務的な会話で、帳場に置いた200円を渡した。「あっちが浴場ですから」「はい、大丈夫です」とこれだけ会話をして、ふたたび真っ暗な温泉部に向かった。
もうこうなればこっちのものだ。ネットで事前予習もバッチリなので、よっぽとのことがない限り、感動はしても驚きはないだろう(笑)。真っ暗なロビー(と呼べるのだろうか…)の中には子供用ブランコなど妙なものが置いてあり、ほとんど使われてなさそうな自炊場への入口も予習どおり、ある。そして大浴場の入口から脱衣場(男女兼用)に入るが…
ここはちょっと予想を上回っていた。
パイプ椅子が黒いガムテで補修されていたり、壁が一部剥がれ落ちていたりするのは予習の範囲内なのだが、
洗面所にある桶2つのうち
1個は使われているのに
もう1個にはくもの巣が張っている
という不可思議さ。薄暗い照明の中で目を凝らすと、角っこはすべてホコリだらけ。いわゆる「隅々までの掃除」というものはまったく行われていないのがわかる。
まぁいい。いくつかのかごには脱衣があり、既に先客がいる様子なのでカメラは持ち込まず、途中の給水用にお茶のペットをかごの一番上に置き、タオル1本で(前は隠して)突入。
…す、すばらしい!
40年前は超モダンだった浴室、100人同時に入れる浴室、田中温泉の栄光の浴室が、眼前にあった。
中央が吹き抜けになっていて(当初は噴水だったらしい)そこをガラス戸で囲ったドーナツ型の浴室には、内周側の三日月形と外周側のアメーバ形の湯船がある。ここまでは予習どおりだが、よく見ると、アメーバ形のほうは端っこが壁で仕切られていて、上にはパイプのようなものがある。かつて打たせ湯だったのではないか、と想像が膨らむ。
先客は先のカップルを含めて4人。この広さと構造だ、特に気にせずに死角を作れるのがいい。かなり薄暗いのでそれほどには気にしなくてもよいけれど。笑
そんなわけでまずは三日月形の方で浴び湯をし、汚れを軽く落としてざっぷんと入湯。
高友ほどではないが、やはり濃ゆい湯だ。硫黄系のにおいが黒湯より少ない分、アブラ臭がより鮮明に知覚できる。正直、薄暗すぎるのではっきりはわからないが、透明度は高いのに真っ黒なお湯である。
まぁ人もまばらだし、ということで湯船の中でタオルを解除し、顔にあてて思いっきりにおいを嗅ぐ。すばらしい芳香である。顔にも温泉をふりかける。すばらしい肌触りである。
ふと湯船の中を見る。
黒いものがうようよ泳いでる…
一瞬、虫かと思いむちゃくちゃビビってしまった。が、冷静に考えればこれはただの黒い湯の華。さっそくタオルを揺らしてみると、付いてくるわ付いてくるわ。黒い湯の華を見たのは生まれてはじめてでとても感動。
そしてときたま、天井から冷たい滴がしたたり落ちてくる。上を見上げると、天井の一部がアメーバ上に抜けている。もちろんこれは朽ちたり崩落したりしたわけではなく(笑)、そういうデザインとして造られたものだが、もしかすると「冷たいしずくがポタリと背中に」用に設計されたのかもしれない。いやー田中温泉侮りがたし。かつて大久野島を探検したときのそれに近いワクワク感を感じながら入浴ができるなんて本当にすばらしいことだ。
大久野島は、旧日本海軍が島全体を毒ガス製造工場として使っていたところで、現在もその施設が廃墟として残っている。私は99年11月、広島大医学部の学園祭に出演した際、仲間の勇者たち(笑)と一緒に前日にこの島を訪れ探検した。その壮絶体験のレポートは勇者の1人が公開していたが、現在そのサイトは閉鎖、WebArchiveにも残されていないため幻となっている。
そんな観察や思いをしつつ、さすがに強いお湯なので長居はできず、脱衣場に戻って水分補給をしながら何度も入浴。殿方がこちら側に遠慮してるかのごとく入っていたため、さらに侵食したら悪いかな、と思って避けていたアメーバ形の方にも入ってみた。とにかく暗いので実際にはわからないがこちらはやや白めの色で、湯温はぬるめ。こちらは三日月よりは長湯できそうな感じだ。
結局3回の休憩をはさんで計4回入浴。19時30分頃、外に出た。
なお、このときのお湯のレポートは、→温泉blogに別途記載してある。またここには、旅籠部に泊まらないと味わえない、専用の源泉・浴場もあるが、→そちらも入湯済みにつきレポートを公開している。
あとは帰るだけだ。東鳴子に名残を惜しみつつ、ふたたび駅とは逆向きに歩いてサンクスへ。今度こそは酒類を購入し、おにぎりをほおばりながら御殿湯駅までのんびり歩いた。
鳴子御殿湯駅にはもちろん誰もいない。ドアを開け、まだ新築の匂いがする、上にも広い空間の待合室を1人で占拠して静かに呑む。んーんまい。リッチなものでは決してないが、とても充実した旅だった。
そんな待合室を発車の2分前に出る。改札は通れないのでいったん外に出、夜間通用口からホームにいつの間にか霧雨が降っていた。静かなホームに濡れながら立つ。すると音もなく、本当に静かに、列車がやってきた。これ、待合室にいたら気づかなかった可能性がある。あー危ない危ない。
ワンマンなので1両めの後ろから乗車。1両めにはなぜか1人しかいない。一方で2両めの4人ボックスにはすべて人がいるという、ワンマン列車としてはやや妙な状況。もちろん空いている方がよいわけで、1両めのボックスに陣取って酒盛りを続行しつつLOOXにも向かう。これまでの分をひたすら入力していくが、やっぱり指には香ばしいにほひ。つい何度となく嗅いでしまう。すばらしい!!
車内にはあまり動きはないが少しずつ乗客も増えていき、そして古川では再び下車があり、また乗車もあった。そういえばここで降りれば、今日中に東京に帰ることができるのだった。
小牛田ではなんと4番線に到着。上り最終仙台行は3番線に来るので、改札を出るのを止め、そのまま待合室で待つことにした。酒の缶とおつまみを手に抱えたままでドアを開け、それを閉めようと振り返ると…後ろに女子高生3人が並んでいた。あーかなりみっともない私。笑
女子高生たちはお互い顔見知りでないようで、私を含めて4人が別々のベンチに座り、全員下を向いたまま。私は単にコンセントの真横に陣取り、膝上に置いたLOOXに向かっていただけだが、なんだか重苦しい空気が流れる。それにしてもみなさん、30分くらいの待ちは平気というか慣れているんだなぁ。このあたり、都市と地方とでの高校生ライフスタイルの大きな差異の大きな要因の1つなのだろう。
モバイルしながら。すると偶然にも某チャットに青森の「現闘本部長」さんが入っていたため、さっそく温泉話で盛り上がった。
ホームの方はなかなか忙しそうだ。今乗ってきた車両が古川行となって折り返していったが乗客は見事にゼロ。もう最終の新幹線に接続できないのにこういう区間運転がある、ということは、平日にこの間を移動する需要がある、ということだろう。
続いて、3番線に東北本線上の列車として、気動車列車が到着した。仙台発ここ止まりのようだが、南三陸4号の車両回送だろうか。これと同時に4番線には石巻線の列車が到着、待合室の人口は倍増した。
さらにカシオペアが通過していったり、2・3番線で同時にコンテナ列車がすれ違ったり。今でも小牛田は鉄道の要衝なのである。
これから乗る、今回の東北での最終ランナーは一ノ関からやってきた701系2連。1両めにはそこそこ乗っていたので2両めでシート橋を確保し、LOOXの電源をオン。
…またバックライトがつきません。
やはりもう買い換えしかないのかもしれない。しかし転職したてでこの出費は痛い…なんとかならないものか。
とりあえず悪あがきというか、最低限の利用法をいろいろ工夫してみたところ、フォントをMSゴシックの18ptにして、蛍光灯の反射光を受けるように水平に近い目線で眺めれば、メモ程度にはかろうじて使える、ということが判明。とりあえずメモだけだが、紙で取るよりもはるかに利便性は高いため、当面はそのようにして使っていこう、という感じである。
車内は、この時間、しかも明日は平日、という条件の上り電車なのにもかかわらず、途中から乗ってくる人も意外に多い。どういう用件で乗っているのだろう。
松島を過ぎたあたりで、やっぱりバックライトなしは疲れる、ということで一時休止。目が覚めたら東仙台だった。
とまぁ最後までいろいろあったけど、この充実した2日間はやはり黄金ツーデーパスのおかげである。
仙台ではいったん改札を出て、行きにも入ったトイレに入る。そして思い出す。
…この駅の改札の外には座る場所はない。
ということでフリーパスの特権で再入場し、改札脇の待合室に入る。一瞬、「あ、なら昨日の朝もここにいればよかったじゃん」と思うが、よくよく考えると、その時点ではまだみどりの窓口は開いていなかったわけで、よって入場もできなかったのだった。^^;;
この時間、郊外へと向かう列車が残っているだけ…なのになぜか旅行客風の人が数人。よくよく考えると、この後もう1本、北斗星3号というのが残っていた。なるほど、聞き耳を立てていると、目の前の2人は「北海道に戻ったら」云々などと話していた。
その後、バックライトのないLOOXで、メモを元にレポートを書き始めるが、やはり疲れる。あっけなくギブアップしてしまい、23時前に再び改札を出た。
てくてく歩いて、いったんバスの始発停留所を確認、その後サンクス(またかよ!)で食料を仕込む。
そして15分にふたたび乗り場に来たものの、バスはまだ来ちゃいない。東京では15分前には入線していたというので、ちょうどそれに合わせてみたのだがスカであった。寒空の中待っていると、10分前にようやくやってきて、さらに待たされた上で改札は25分、たった5分前にようやく始まった。
しかし夜行バスの改札、運転手さんは大変である。なにせ現在、バス指定席の発券方法はゴマンとあり、チケットの形状はそれぞれまるで違うのである。私は発車オ〜ライネットで予約しファミマで発券、というパターンが多いのだが、この場合はチケぴと同じ用紙に指定券が印字されてくる。もちろん他の発券方法の場合はまるで違う形状のチケットもある。そして運転手さんは改札時にこれらを回収し、座席を手元の用紙にメモしていくが、当然チケットが違えば座席番号が印字されている場所は違う。その解読を、暗い夜道で、しかも接客しながら行うのはかなり神経を使う作業ではないだろうか。
そう思いつつ乗り込むが、ここで自分の座席にはじめて気づいた。
1B、つまり最前中央である。
ライブなら最もすばらしい位置かもしれないし(笑)、バスでも昼行なら眺望がすばらしい席だ。しかし夜行バスでこの席は最も悪待遇の席だと言ってよい。すぐ前に入口との仕切りがあって、脚を前に伸ばせないのである。そしてもちろん、走行中はカーテンが閉められ、前方はまったく見えない。
おまけに今回、乗ってみたらこの席だけブランケットがない。ひゃー、やっぱり残席に余裕があった、もう1本後の便にしておけばよかったかな…
と思ったら、改札を必死にこなしていた運転手さんが車内に戻り、私に「はい」とブランケットを差し出してきた。やや無愛想だったが、あれだけの作業をこなした直後なのでそれも仕方ないだろう。
この便のお客さんは高齢の男性が多く、若い女性客はあまりいなかった。「夜行バスなんかはじめてだよ、はっはっは」とかで賑やかな男性陣、この後ちゃんと静かにしてくれればいいのだが。
結局、起点の仙台営業所では半分くらいの乗車率で出発。仙台駅前に移動して残りのお客さんを乗せていき、ほぼ満席となった。
…が、改札中の運転手さん、なかなかバスに戻ってこない。そのうち、外でもめているような声が聞こえてきた。はてなんだろう。
聞き耳を立てていたが、どうやら、「前の便に乗り遅れた人が、こちらのに乗せてほしい、とせがんでいる」ということらしい。…前の便は4列シートで各駅停車のため後着、もしこの主張がFakeだったら「おぬしやるのう」状態ではあるの(笑)。ほどなく運転手さんは携帯で会社に連絡を取り、許諾を受けたようで、その後件の人と運転手さんが乗り込んできた。救済されますたね。これにより5分ほど出発は遅れたが、このくらいの遅延は解消されるだろうから特に不満はない。
行きと違い、出発と同時にすぐ目の前のカーテンを完全に閉められ、表の状態を伺い知ることはできなくなった。ちぇ、ってことでお休みなさい…
目が覚めると4時50分頃。まだ車内はとても静かである。というか静か過ぎる、つまり停車している。やはりどこかで早着の時間調整をしているようだ。5時ちょうどにバスは再び動き出し、そして定刻ぴったしの5時03分に測ったように到着。やはり5時前に到着してはいけない、という内規があるのかもしれないな、と寝ぼけた頭で考えつつ下車。
ふと手のにおいを嗅ぐ。すばらしい。笑
摘 要 | 支出金額 |
---|---|
高友旅館 湯治体験プラン1人1泊利用 |
6160 |
黄金ツーデー・パス | 1750 |
仙台市営地下鉄 仙台→富沢 | 290 |
仙台市営地下鉄 富沢→仙台 | 290 |
くりはら田園鉄道 石越→細倉マインパーク前 | 1020 |
くりはら田園鉄道 細倉マインパーク前→鴬沢工業高校前 | 170 |
くりはら田園鉄道 鴬沢→沢辺 | 670 |
栗夢号しゃとる 沢辺駅前→くりこま高原駅前 | 400 |
運賃 くりこま高原→古川 | 400 |
新幹線特定特急券 くりこま高原→古川 | 840 |
ハムタマゴチーズサンド | 235 |
緑茶濃い味500ml | 147 |
田中温泉 日帰り入湯料 | 200 |
直巻きおにぎりバター醤油 | 105 |
極生500ml | 206 |
ドライクーラーゴールドアップル500ml | 200 |
カクテルパートナースーパーラム&コーラ500ml | 200 |
チーカマ唐辛子入り | 105 |
わさび柿ピー | 105 |
ドライクーラーホワイトグレープ500ml | 200 |
かき揚げおにぎりたこ | 140 |
東北急行バス 東京→仙台 往復割引 | 5750 |
今日の小計 | 19583 |
今日までの米沢泉美 全駅制覇累計 | 540681 |
今日までの総プロジェクト累計 | 750175 |
ここでいう支出では、前売りの乗車券類の購入など、 本旅行中で後日行使するきっぷの購入は計上しません。そのかわり、 前もって買っておいたきっぷの行使は計上します。また、青春18きっぷ等の「複数人日分乗り放題となるきっぷ」については、1人日分の値段を計上します。割り切れない場合は、1円未満の端数分を初回行使分に上乗せします。